史記 / 五帝本紀
堯曰:「誰可順此事?」放齊曰:「嗣子丹朱開明。」堯曰:「吁!頑凶,不用。」堯又曰:「誰可者?」zh-hant:讙兜曰:「共工旁聚布功,可用。」堯曰:「共工善言,其用僻,似恭漫天,不可。」堯又曰:「嗟!四嶽:湯湯洪水滔天,浩浩懷山襄陵,下民其憂,有能使治者?」皆曰鯀可。
新字:堯曰:「誰可順此事?」放斉曰:「嗣子丹朱開明。」堯曰:「吁!頑凶,不用。」堯又曰:「誰可者?」zh-hant:讙兜曰:「共工旁聚布功,可用。」堯曰:「共工善言,其用僻,似恭漫天,不可。」堯又曰:「嗟!四嶽:湯湯洪水滔天,浩浩懐山襄陵,下民其憂,有能使治者?」皆曰鯀可。
書き下し
堯曰く、「誰か此の事に順ふ可き」と。放齊曰く、「嗣子丹朱開明なり」と。堯曰く、「吁、頑凶なり、用ゐず」と。堯又曰く、「誰か可なる者ぞ」と。讙兜曰く、「共工旁く功を聚布す、用ゐる可し」と。堯曰く、「共工は言を善くするも、其の用は僻なり、恭に似て天を漫る、不可なり」と。四嶽鯀を挙げて鴻水を治めしむ、堯以て不可と為すも、嶽彊ひて之を試みんことを請ふ、試みるも功成らず。
現代語訳
堯は言った。「誰にこの仕事を任せられるか」。放齊は言った。「跡継ぎの丹朱は聡明です」。堯は言った。「いや、あれは頑固で凶暴だ。用いない」。堯はまた言った。「誰か適任者はいないか」。讙兜は言った。「共工は広く功績を集めて実行しております。用いるべきです」。堯は言った。「共工は物言いは巧みだが、その行いは邪だ。恭しく見えて、実は天を侮っている。だめだ」。四方の長官たちが鯀を推挙して洪水を治めさせようとした。堯はだめだと考えたが、長官たちが強く試してみたいと願ったので試させた。試したが、功は成らなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 五帝本紀堯曰く、「鯀は命に負き族を毀る、不可なり」と。嶽曰く、「异なるかな、試みて用ゐる可からずんば已まんのみ」と。堯是に於て嶽に聴きて鯀を用ゐる。九載にして、功用成らず。堯曰く、「嗟、四嶽、朕位に在ること七十載、汝能く命を庸ゐ、朕が位を践まんか」と。嶽応へて曰く、「鄙徳にして帝位を忝くせん」と。堯曰く、「悉く貴戚及び疏遠隠匿なる者を挙げよ」と。衆皆堯に言ひて曰く、「矜なる有りて民間に在り、虞舜と曰ふ」と。堯曰く、「然り、朕之を聞けり。其れ何如」と。嶽曰く、「盲者の子なり。父は頑、母は嚚、弟は傲なるも、能く和するに孝を以てし、烝烝として治め、姦に至らしめず」と。堯曰く、「吾其れ試みんかな」と。是に於て堯之に二女を妻はせ、其の徳を二女に観る。舜二女を嬀汭に飭め下し、婦の礼の如くせしむ。
-
尚書・堯典帝曰く、「咨(ああ)、四岳。湯湯(しやうしやう)たる洪水方(まさ)に割(そこな)ひ、蕩蕩として山を懐(つつ)み陵に襄(のぼ)り、浩浩として天に滔(はびこ)る。下民其れ咨(なげ)く。能く乂(をさ)めしむる有らんか」と。僉(みな)曰く、「於(ああ)、鯀(こん)なるかな」と。帝曰く、「吁(ああ)、咈(もと)れるかな。命に方(さか)らひ族を圮(やぶ)る」と。岳曰く、「异(や)めんかな。試みて可なれば乃ち已(や)まん」と。帝曰く、「往け、欽(つつし)まんかな」と。九載、績用(もつ)て成らず。帝曰く、「咨、四岳。朕位に在ること七十載。汝能く命を庸(もち)ゐる、朕が位を巽(ゆづ)らん」と。岳曰く、「否徳、帝位を忝(はづかし)めん」と。曰く、「明明を明らかにし、側陋を揚げよ」と。師錫(あた)へて帝に曰く、「鰥(やもを)の下に在る有り、虞舜と曰ふ」と。帝曰く、「俞(しか)り、予聞けり。如何」と。岳曰く、「瞽(こ)の子なり。父は頑(かたくな)に、母は嚚(おろか)に、象は傲(おご)る。克く諧(やはら)ぐるに孝を以てし、烝烝(じようじよう)として乂(をさ)め、姦に格(いた)らしめず」と。帝曰く、「我其れ試みんかな」と。時(これ)に女(めあは)せ、厥(そ)の刑(のり)を二女に観る。二女を嬀汭(きぜい)に釐降(りかう)し、虞に嬪(よめ)せしむ。帝曰く、「欽まんかな」と。
-
史記 五帝本紀堯之を善しとし、乃ち舜をして五典を慎和せしむ、五典能く従ふ。乃ち遍く百官に入れ、百官時に序づ。四門に賓せしむ、四門穆穆たり。堯舜をして山林川澤に入らしむ、暴風雷雨するも、舜行きて迷はず。堯以て聖と為し、舜を召して曰く、「女の事を謀ること至りて言の績す可きこと、三年なり。女帝位に登れ」と。舜徳に譲りて懌ばず。
-
『淮南子』泰族訓然れども其の人を得れば則ち舉がり、其の人を失えば則ち廢る。堯 天下を治め、政教 平らかに、德潤 洽し。位に在ること七十載、乃ち天下の統を屬する所を求む。四嶽をして側陋を揚げしむ。四嶽 舜を舉げて之を堯に薦む。堯 乃ち妻わすに二女を以てし、以て其の內を觀、任ずるに百官を以てし、以て其の外を觀る。既に大麓に入り、烈風雷雨するも迷わず。乃ち屬するに九子を以てし、贈るに昭華の玉を以てして、天下を傳う。以爲えらく、法度有りと雖も、朱は統ぶる能わざるなり、と。
-
史記 夏本紀夏禹は、名を文命と曰ふ。禹の父を鯀と曰ひ、鯀の父を帝顓頊と曰ひ、顓頊の父を昌意と曰ひ、昌意の父を黄帝と曰ふ。禹は、黄帝の玄孫にして帝顓頊の孫なり。禹の曾大父昌意及び父鯀は皆帝位に在るを得ず、人臣と為る。帝堯の時に当たり、鴻水天に滔り、浩浩として山を懐き陵に襄り、下民其れ憂ふ。堯能く水を治むる者を求むるに、羣臣四嶽皆鯀可なりと曰ふ。堯曰く、「鯀は人と為り命に負き族を毀る、不可なり」と。四嶽曰く、「之を等しくするに未だ鯀より賢なる者有らず。願はくは帝之を試みよ」と。是に於て堯四嶽に聴き、鯀を用ゐて水を治めしむ。九年にして水息まず、功用成らず。是に於て帝堯乃ち人を求め、更に舜を得たり。舜登用せられ、天子の政を摂行し、巡狩す。行きて鯀の治水の状無きを視、乃ち鯀を羽山に殛して以て死せしむ。天下皆舜の誅を以て是と為す。是に於て舜鯀の子禹を挙げて、鯀の業を続がしむ。堯崩じ、帝舜四嶽に問ひて曰く、「能く堯の事を成美する者有らば官に居らしめん」と。皆曰く、「伯禹司空と為らば、堯の功を成美す可し」と。舜曰く、「嗟、然り」と。禹に命ず、「女水土を平らげよ、維れ是れ之を勉めよ」と。禹拝稽首し、契・后稷・皋陶に譲る。舜曰く、「女其れ往きて爾の事を視よ」と。
-
史記 五帝本紀帝堯は、放勛なり。其の仁は天のごとく、其の知は神のごとし。之に就くこと日のごとく、之を望むこと雲のごとし。富みて驕らず、貴くして舒ならず。能く徳を明馴し、以て九族を親しむ。九族既に睦じく、百姓を便章す。百姓昭明にして、萬国を合和す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る