士道要論 / 士風・弱さを恥じ動じない気風を幼少から養う
士大夫は四民の首となり、上は君に事へ、下は民に臨むものなれば、その風正しかるべきなり、士風正しといふは、禮義廉恥をむねとするにあり、近世士風日に下り、まづ驕奢にながれ、つゐに懦弱におちいり、ほと〳〵禮義廉恥のこゝろを失ふにいたれり、この弊風を正さんとには、まづ質朴强毅の風を尙んで後、禮義廉恥の風にもなるべし、且質朴强毅は武士の本色にて、國家の爪牙となることもこゝにあれば、いつもかくあるべし、さて風といふことは、なべてのならひなれば、士林にあるもの、三歲の童子たりとも、弱さを恥らひ强きをよろこぶ習ひとし、畏れ驚くなどいふことは、臆病と云ていたく恥しめこらすべし、人は强きも弱きもみな生質なれど、士たるものは、ひたぶるに强きをむねとし、弱さをきらひ、おそれ驚べきとも、こらへしのびて、口にも色にもいださぬこそたのもしけれ、若平生さまでもなきことにも驚き怖れては、霰たばしる矢玉のさきに向ひて、槍をいれ太刀をふるひて、かたきをしりぞくることはかなふまじ、士たるものかゝるときは一足もひかず、君の馬前にてうち死するを、第一の職分ともし、第一の面目ともすれば、常にこの風をまもつて、勇氣をやしない、雷霆を聞て驚かず、風波をふんで疑はず、
新字:士大夫は四民の首となり、上は君に事へ、下は民に臨むものなれば、その風正しかるべきなり、士風正しといふは、礼義廉恥をむねとするにあり、近世士風日に下り、まづ驕奢にながれ、つゐに懦弱におちいり、ほと〳〵礼義廉恥のこゝろを失ふにいたれり、この弊風を正さんとには、まづ質朴強毅の風を尚んで後、礼義廉恥の風にもなるべし、且質朴強毅は武士の本色にて、国家の爪牙となることもこゝにあれば、いつもかくあるべし、さて風といふことは、なべてのならひなれば、士林にあるもの、三歳の童子たりとも、弱さを恥らひ強きをよろこぶ習ひとし、畏れ驚くなどいふことは、臆病と云ていたく恥しめこらすべし、人は強きも弱きもみな生質なれど、士たるものは、ひたぶるに強きをむねとし、弱さをきらひ、おそれ驚べきとも、こらへしのびて、口にも色にもいださぬこそたのもしけれ、若平生さまでもなきことにも驚き怖れては、霰たばしる矢玉のさきに向ひて、槍をいれ太刀をふるひて、かたきをしりぞくることはかなふまじ、士たるものかゝるときは一足もひかず、君の馬前にてうち死するを、第一の職分ともし、第一の面目ともすれば、常にこの風をまもつて、勇気をやしない、雷霆を聞て驚かず、風波をふんで疑はず、
書き下し
士大夫は四民の首となり、上は君に事へ、下は民に臨むものなれば、その風正しかるべきなり、士風正しといふは、禮義廉恥をむねとするにあり、近世士風日に下り、まづ驕奢にながれ、つゐに懦弱におちいり、ほと〳〵禮義廉恥のこゝろを失ふにいたれり、この弊風を正さんとには、まづ質朴强毅の風を尙んで後、禮義廉恥の風にもなるべし、且質朴强毅は武士の本色にて、國家の爪牙となることもこゝにあれば、いつもかくあるべし、さて風といふことは、なべてのならひなれば、士林にあるもの、三歲の童子たりとも、弱さを恥らひ强きをよろこぶ習ひとし、畏れ驚くなどいふことは、臆病と云ていたく恥しめこらすべし、人は强きも弱きもみな生質なれど、士たるものは、ひたぶるに强きをむねとし、弱さをきらひ、おそれ驚べきとも、こらへしのびて、口にも色にもいださぬこそたのもしけれ、若平生さまでもなきことにも驚き怖れては、霰たばしる矢玉のさきに向ひて、槍をいれ太刀をふるひて、かたきをしりぞくることはかなふまじ、士たるものかゝるときは一足もひかず、君の馬前にてうち死するを、第一の職分ともし、第一の面目ともすれば、常にこの風をまもつて、勇氣をやしない、雷霆を聞て驚かず、風波をふんで疑はず、
現代語訳
士大夫は四民(士農工商)の首で、上は君に仕え、下は民に臨む者ですから、その気風は正しくなければなりません。士風が正しいというのは、礼・義・廉・恥を根本とすることです。近ごろ士風は日々に衰え、まずおごりぜいたくに流れ、ついには惰弱に陥り、ほとんど礼義廉恥の心を失うにいたりました。この悪い風を正そうとするには、まず質朴で強くたくましい気風を尊んでこそ、礼義廉恥の風にもなるでしょう。そもそも質朴強毅は武士の本来の姿で、国家の爪牙となることもここにあるので、いつもこうあるべきです。さて風というものは、一般の習わしですから、士の社会にいる者は、三歳の子どもでも、弱さを恥じ強さを喜ぶ習慣とし、怖がり驚くことは臆病だといってひどく恥じさせ懲らしめるべきです。人が強いか弱いかはみな生まれつきですが、士たる者は、ひたすら強さを旨とし、弱さを嫌い、怖れ驚くようなことがあっても、こらえ忍んで、口にも顔色にも出さないのが頼もしいのです。もし普段たいしたことでもないことに驚き怖れるようでは、霰のように飛ぶ矢や弾丸の先に向かい、槍を突き太刀を振るって敵を退けることはできないでしょう。士たる者はそのような時、一歩も退かず、主君の馬前で討ち死にすることを第一の職分とも第一の面目ともしますから、常にこの風を守って勇気を養い、雷を聞いても驚かず、風波を踏んでも疑わず、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公二十七年 信を以て人を召す叔向曰く、「何ぞ害あらん。匹夫一たび不信を為すも、猶ほ不可なり。單く其の死に斃る。若し諸侯の卿を合して、以て不信を為さば、必ず捷たざらん。言を食む者は病まず。子の患ひに非ざるなり。夫れ信を以て人を召して、僭を以て之を濟さば、必ず之に與する莫からん。安んぞ能く我を害せん。且つ吾宋に因りて以て病を守らば、則ち夫れ能く死を致さん。宋と死を致さば、楚に倍すと雖も可なり。子何をか懼れん。又是に及ばず。曰く、『兵を弭めて以て諸侯を召し、兵を稱げて以て我を害す』と。吾が庸ゐること多し。患ふる所に非ざるなり」と。季武子、叔孫に謂はしむるに公の命を以てして曰く、「邾・滕に視へよ」と。既にして齊人邾を請ひ、宋人滕を請ふ。皆盟に與らず。叔孫曰く、「邾・滕は人の私なり。我は列國なり。何の故に之に視へん。宋・衛は吾が匹なり」と。乃ち盟ふ。故に其の族を書せざるは、命に違ふを言ふなり。晉・楚先を爭ふ。晉人曰く、「晉は固より諸侯の盟主為り。未だ晉に先んずる者有らず」と。楚人曰く、「子晉・楚は匹なりと言ふ。若し晉常に先んぜば、是れ楚弱きなり。
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孟子・萬章章句上萬章問いて曰く、「或ひと曰く、『百里奚は自ら秦の牲を養う者に五羊の皮に鬻ぎ、牛を食いて、以て秦の繆公に要む』と。信なるか。」孟子曰く、「否、然らず。事を好む者は之を為すなり。百里奚は虞の人なり。晉人、垂棘の璧と屈Iの乘とを以て、道を虞に假りて以て虢を伐たんとす。宮之奇諫めて、百里奚諫めず。知虞公の諫む可からざるを知りて去り、秦に之く。年已に七十なり。曾ち牛を食うを以て、秦の穆公に干むるの汙為るを知らざるや、智と謂う可けんや。諫む可からずして諫めざるや、不智と謂う可けんや。虞公の將に亡びんとするを知りて先づ之を去るや、不智と謂う可けんや。時に秦に舉げられ、繆公の與に行う有る可きを知るや、之に相たるは、不智と謂う可けんや。秦に相として其の君を天下に顯わし、後世に傳う可きは、不賢にして之を能くせんや。自ら鬻ぎて以て其の君を成すは、鄉黨の自ら好する者も為さず。而るを賢者にして之を為すと謂わんや。」
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『韓非子』主道第五虚なれば則ち實の情を知り、静なれば則ち動の正を知る。
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『智囊』威克・張詠・柳仲途張詠、未だ第せざる時、嘗て蕩陰に遊ぶ。県令は餽るに束帛と万銭を以てす。詠は即ち之を負いて帰る。或るひと謂う、「此れより去らば夜に遇わん。坡沢は深奥にして、人煙は疏闊なり。徒伴の偕に行くを俟つべし」と。詠曰く、「秋暮れぬ。親は老いて未だ衣を授けず」と。但だ一短剣を捽みて去る。行くこと三十余里、止だ一孤店あり、唯だ一翁と二子のみ。夜始めて分かち、其の子は呼びて曰く、「雞已に鳴けり。秀才は去るべし」と。詠は答えず、即ち戸を推す。詠は先に牀を以て左扉を拒ぎ、手を以て右扉を拒ぐ。其の子は既に呼びて応ぜざれば、即ち闥を排す。詠は忽ち退き立つ。其の子は身を閃かして入る。詠は其の首を斬りて之を斃す。少時にして次子又た至り、前の如くし、復た之を殺す。詠は剣を持ちて翁を視るに、翁は方に火を燎きて痒を爬く。復た其の首を断つ。老幼数人、並びに室に命を終え、乃ち火を縦つ。行くこと二十余里にして始めて曉け、後より来る者相い告げて曰く、「前の店、失火し、挙家焚かれたり」と。事は亦た奇なり、因りて之を附す。
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史記 蘇秦列伝且つ夫れ韓・魏の重く秦を畏るる所以の者は、秦と境を接し界を壌にするが為なり。兵出でて相当たれば、十日を出でずして戦勝存亡の機決す。韓・魏戦ひて秦に勝たば、則ち兵半ば折れ、四境守られず。戦ひて勝たずんば、則ち国已に危亡其の後に随ふ。是の故に韓・魏の重く秦と戦ひて、軽く之が臣と為る所以なり。今秦の斉を攻むるは則ち然らず。韓・魏の地を倍にし、衛の陽晋の道を過ぎ、亢父の険を径る、車は軌を方ぶるを得ず、騎は比びて行くを得ず、百人険を守れば、千人も敢へて過ぎず。秦深く入らんと欲すと雖も、則ち狼顧し、韓・魏の其の後を議せんことを恐る。是の故に恫疑虚猲し、驕矜して敢へて進まず、則ち秦の斉を害する能はざること亦明らかなり。夫れ深く秦の斉を奈何ともする無きを料らずして、西面して之に事へんと欲す、是れ群臣の計の過ちなり。今秦に臣事するの名無くして彊国の実有り、臣是の故に願はくは大王少しく意を留めて之を計れ」と。斉王曰く、「寡人不敏、僻遠にして海を守り、窮道東境の国なり、未だ嘗て余教を聞くを得ず。今足下趙王の詔を以て之に詔す、敬んで国を以て従はん」と。
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