士道要論 / 自序・文武を貫く士の道を六つの論で示す
孔子曰。觚不觚。觚哉觚哉。蓋歎物失其舊也。余於當今悠悠之士。亦私有此歎。遂不敢自量。述此書以諗從游之士云。夫士以武爲質幹。職任雖分。其業則同。作原士第一。凡人有此業。則有此風。故其風一定。而後其業可守矣。作士風第二。風之所由在於氣。故其氣一奮。而後其風可恃矣。作士氣第三。有氣無節。欲益反損。故其節一立。而後其氣可用矣。作士節第四。氣節之源出於心。先浚其源。而後其流可洪矣。作士心第五。心有公私。唯其心之恃。而其道之不求可耶。且士之職。有以奉上。有以臨下。上下之交。豈可各無其道哉。作士道第六。蓋士以武爲業。而其職必資於文。文所以知道也。士而知道。能事畢矣。以爲篇之終。然道外無事。一文一武。莫非道者。故合而名之。曰士道要論也。蓋士道雖廣。不過文武。苟知其不可偏廢。則職業擧矣。論雖平平。庶得其要歟。讀者勿以其語淺字假輕視之。可矣。天保八年龍集丁酉秋八月齋藤正謙
新字:孔子曰。觚不觚。觚哉觚哉。蓋嘆物失其旧也。余於当今悠悠之士。亦私有此嘆。遂不敢自量。述此書以諗従游之士云。夫士以武為質幹。職任雖分。其業則同。作原士第一。凡人有此業。則有此風。故其風一定。而後其業可守矣。作士風第二。風之所由在於気。故其気一奮。而後其風可恃矣。作士気第三。有気無節。欲益反損。故其節一立。而後其気可用矣。作士節第四。気節之源出於心。先浚其源。而後其流可洪矣。作士心第五。心有公私。唯其心之恃。而其道之不求可耶。且士之職。有以奉上。有以臨下。上下之交。豈可各無其道哉。作士道第六。蓋士以武為業。而其職必資於文。文所以知道也。士而知道。能事畢矣。以為篇之終。然道外無事。一文一武。莫非道者。故合而名之。曰士道要論也。蓋士道雖広。不過文武。苟知其不可偏廃。則職業挙矣。論雖平平。庶得其要歟。読者勿以其語浅字仮軽視之。可矣。天保八年竜集丁酉秋八月斎藤正謙
書き下し
孔子曰く、觚、觚ならず。觚なるかな、觚なるかな、と。蓋し物のその旧を失うを嘆くなり。余、当今の悠悠の士において、また私かにこの嘆きあり。遂に敢えて自ら量らず、この書を述べて、以て従遊の士に諗ぐと云う。夫れ士は武を以て質幹と為す。職任分かると雖も、その業は則ち同じ。原士第一を作る。凡そ人この業あれば、則ちこの風あり。故にその風一定して、而る後その業守るべし。士風第二を作る。風の由る所は気に在り。故にその気一たび奮いて、而る後その風恃むべし。士気第三を作る。気有りて節無ければ、益を欲して反って損す。故にその節一たび立ちて、而る後その気用うべし。士節第四を作る。気節の源は心より出づ。先ずその源を浚えて、而る後その流れ洪いなるべし。士心第五を作る。心に公私有り。唯その心の恃みにして、その道の求めざるべけんや。且つ士の職は、以て上に奉ずる有り、以て下に臨む有り。上下の交わり、豈に各々その道無かるべけんや。士道第六を作る。蓋し士は武を以て業と為して、その職は必ず文に資る。文は道を知る所以なり。士にして道を知れば、能事畢る。以て篇の終と為す。然れども道の外に事無し。一文一武、道に非ざる者莫し。故に合わせてこれを名づけて、士道要論と曰うなり。蓋し士道は広しと雖も、文武に過ぎず。苟くもその偏廃すべからざるを知れば、則ち職業挙がらん。論は平平なりと雖も、庶わくはその要を得んか。読者、その語の浅く字の仮なるを以てこれを軽視すること勿かれ、可なり。天保八年龍集丁酉秋八月、斎藤正謙。
現代語訳
孔子は「觚(さかずき)が觚らしい形でなくなった。これが觚と言えようか、これが觚と言えようか」と言いました。物が本来のあり方を失ったことを嘆いた言葉です。私は今の世の、のんびりと過ごす士たちを見て、ひそかに同じ嘆きを抱いています。そこで身のほどもわきまえず、この書を著して、教えを受けに来る士たちに告げようと思います。士は武を骨組みとします。役目は分かれていても、その務めは同じです。「原士」を第一とします。およそ人にこの務めがあれば、この気風があります。ですから気風が定まってはじめて、その務めを守ることができます。「士風」を第二とします。気風のよりどころは気力にあります。ですから気力がひとたび奮い立ってはじめて、その気風を頼みにできます。「士気」を第三とします。気力があっても節操がなければ、利益を求めてかえって損をします。ですから節操がひとたび立ってはじめて、その気力を用いることができます。「士節」を第四とします。気力と節操の源は心から出ます。まず源を深く掘りさらってはじめて、流れは豊かになります。「士心」を第五とします。心には公と私があります。ただその心を頼みとするだけで、道を求めなくてよいものでしょうか。そのうえ士の職務は、上に仕えることもあれば、下に臨むこともあります。上下の交わりに、それぞれ守るべき道がないはずがありません。「士道」を第六とします。思うに士は武を業としながら、その職務は必ず文に支えられます。文は道を知るための手段です。士が道を知れば、なすべきことは尽きます。これを篇の終わりとします。しかし道のほかに事はなく、文も武もすべて道にほかなりません。そこで全体をまとめて『士道要論』と名づけました。士道は広いといっても、文と武にほかなりません。この二つを片方だけ捨ててはならないと知れば、職務は立派に果たせるでしょう。論は平凡ですが、どうか要点は押さえていてほしいと願います。読む人は、言葉が浅く、仮名まじりであることを理由に軽んじないでください。天保8年(1837)丁酉の秋8月、斎藤正謙。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『士道要論』・原士・士の字は戦事を意味するという考察遂に大臣たらん人の物具したるためし、古よりなきよし、物にも書けるにいたれり、いかに思ひあやまてるにや、さて文武を分てること、西土隋唐の世にも見えず、まして西土のいにしへは、左氏傳にも、國之大事は在祀與戎とさへいひて、天子諸侯も士卒の將となりて征伐すること、こゝの古のおもむきによく似たり、かく天子諸侯も、士卒の將となり、武をもて職としたれば士の武をもて名とすることもことわりならずや、且士といふ文字を考ふるに、古訓に事とよめり、事は戎事より大きなることなければ、事とのみいへば、戎事をむねとすべし、論語に、將有事於顓臾とあり、事の戎事たる證なり、(祀も大事なれば、たゞ事とのみいへり、春秋に有事於大廟とは祀をいへり、餘事にたゞ事といふとはなし、)故に諸士の職多きなかに、兵刑をつかさどれる官のみを、ことに士とは云り、尙書に皐陶士の官をもて、蠻夷の夏を猾れるを平らげ、寇賊の姦宄なるをせめ詰れるをみてしるべし、周の世にいたりても、獄のつかさを士師といひ、其屬官に鄕士遂士などありて、いづれも暴をいましむるをもて職とするも、周官にみえたり、これも士の武をむねとする證とすべし、大御國のいにしへは、美眞手の命、神武帝の御時、天の物部をひきゐて、あだを平らげ給ひ、又內の物部をもひきゐたまひしかば、天皇詔して、
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『士道要論』・士氣・恥を知り欲を忘れる気力の根身をころしても辱しめをとらじと思へり、されば、罪ありて殺さるゝも、切腹をゆるさるゝをもて榮とし、繩にかゝるをもて戸の上の辱といひてきらふことなり、おほよそ、罪かふむるほどの人はよからぬ者なれば、榮辱の沙汰あるまじきに、かくけなひなるは、いにしへ士と名づくる程の人は、善惡をいはず、恥をしらず、武道のきつかけなきものはなきしるべし、それ國は士あるをもてたち、士は氣あるをもてたつ、士の氣强からざれば薑の辛からざるごとし、何の味かあらん、かゝる士のみにては士なきこと同じ、國何をもて立んや、さてその氣は、恥をしると慾をわするゝことより生ず、これいわゆる廉恥の心なり、慾をわすれば身のためあしゝといへども、いとわず、恥をしれば身をころしてもかへり見ず、かくありなば、世におそろしと思ふことはあるまじ、つよきことむべならずや、孟子に志士不忘在溝壑。勇士不忘喪其元。といへり、士たるもの常々此要文を護身符としてわすれずば、廉恥の心を失ふまじ、廉恥のこゝろを失はずして禮義の心にもなるべし、
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『士道要論』・士氣・欲を断ち恥を知るのが強さの源かくのごときものはいかで干城の用とならんや、とく弓矢刀劒をへし折りて、士の業をやめよかし、其内にさむらひしといはるゝものも、上下を着、大小を佩たるところは、いかにもいかめしくみゆれど、多くは、外麗しく内荏なるやからのみにて、鰥寡の弱きものをばあなどりてとがむれど、强禦の人にあへば、せむべきことをも默しおけり、かくつたなき士は、いかで公侯の腹心とすべきをや、これらのやまひはみな身をかばひて慾ふかきにおこれり、孔子申棖の事を論じ給ひて、棖は慾あれば剛とはいひがたしとあり、されば、氣臆せぬ剛の者とならんと思はゞ、まづ周易にいへるごとく慾をば窒ぐべし、慾の心盛なればこそ、利祿のためあしかりなんと思ひて、上たる人にへつらひ、金錢のためあしかりなんと思ひて、あき人にも頭をさぐるなれ、はづかしき事のかぎりならずや、孟子曰、恥之於人大矣といへり、士たるもの恥をしらざれば士といふべからず、古の士は可殺不可辱といひて、恥辱をとるをもて士の大なる瑕とし、
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『士道要論』・士心・心の源を澄ませる志と治己治人氣節すでに立てば善士といふべし、されど、氣節の源は心にいづれば、其源をさらへてこそその流れも淸かるべけれ、人の身は、四支百體そなはりておの〱その慾あり、心のたしかならずば氣節もたちがたかるべし、故に心は方寸のうちにありといへども、一身の主宰たれば、心をはなれてなしかはもつてよかるべき、まづ士のこゝろはいかにすべきといはゞ、道にこゝろざすをもてよしとす、ゆへに論語に士志於道の語あり、さて志の字はもと士心の二字をあはせたる文字なれば、士たるものゝ、心には、志なくてかなはぬことなり、また志とさへいへば道に志すより外なし、道にこゝろざゝば己を治め人を治めて、かしこきよりかしこからんと思ふべし、孔子の子路の君子をとへるにこたえて、脩己以敬。脩己以安人。とのたまへり、これ己を治め人を治むることなり、宋の周子の語に士希賢。々希聖。々希天。といへり、これかしこきよりかしこからんとするなり、かく士たるもの己を治め人を治むる志をたもつには、恒心あり、勞心あり、恒心とは、孟子に無恒產而有恒心者。惟士而已矣。
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『士道要論』・士道・聖人の道を欠く武辺の偏りと学問の功たが定めしといふことはしらねども、おのづから道にかなへることもあれど、私心偏見をまぬかれざることも多し、そのひとつふたつをいはんに、追ひはらきるをもて忠とし、亡命の人をはごくむをもて義とするの類、みな孟子のいへる不義の義といふものなり、もつともいたくそむけたることは、さりとり强盜は武士のならひといへることさへあるにいたれり、士たる□、つよきをもてむねとすといへど、聖人の道によらざれば、おちいりて賊となることもあり、また氣節を立て死をかろんずるとも、勇をやぶり義をやぶる事もあれば、聖人の道をあきらめて、義の至當をもとむるこそ、眞の士道とはいふべけれ、東照宮天下をしろしめさらるはじめ、室町家このかた、人の心あら〱しく、臣として君を弑し、子として父を弑することさへ多かりしを、うきことに思ひたまひて、人々の道をしらんがために儒をまねき、學をすゝめ、經史の類おほく板にちりばめ、ひろく世に行ひたまひければ、宗室大臣をはじめ、外は侯伯の人々までも、學に名ある人多く出來て、遂に今の至治をなせり、室町家など文にくらき代にくらべては、
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『士道要論』・士氣・外見より内に満ちる気力が働きを決める士風既に正しかりし上は士氣をやしなふをもて簡要とす、士風を守るも士氣を養ふためなれど、風は外面のことなれば、いかめしといへども、ふかくたのみとはなりがたし、氣は體中にみちあふれて、火の燃るありさまなればやゝたのもし、されば、士氣振ひてこそ士風もまことに剛なるべけれ、力量普通にすぐれたりとも、氣臆すれば、敵に向ひて働くこと能はず、武藝いかほど巧なるとも、氣臆すれば、敵にのぞんで施すこと能はず、されば、氣みちてこそ智も勇も用をばなすべけれ、ゆへに馬は毛色のよきを貴はずして、かんつよきをよしとす、士はかたちのいかめしきを貴ずして、氣のつよきをもてよしとす、千軍萬馬の中に橫行するもこの氣なり、君の顔を犯して直言極諫するもこの氣なり、平居威風凜々として人におそれらるゝも、此氣中にみつるゆへなり、もし氣中にみたざれば腹ぬくるなり、腹ぬけなば腰もぬくべし、士にして腰ぬけば何の用をかなさんや、近世士風大におとろへ、柔なること婦女のごときものあり、いやしきこと商賣のごときものあり、

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