士道心得書 / 武士の藝と職分
謠鼓を四座の太夫に增り、鞠を飛鳥井殿を耻かしめ、花を池の坊とならび、はんせうを本因坊宗桂をめで、武士の藝とは云がたし。弓馬を始め、鎗劍術柔術、其外鐵砲等に至る迄、技藝は何れをも不案內に無之樣心懸べき事、士の職分也。骨節を不鍛ば變に應ずる事難し。故に武士の家に生るゝ人は、八歲の頃より、手習讀書を習し、十四五歲に至て、弓馬其外技藝を習練すべし。
新字:謡鼓を四座の太夫に增り、鞠を飛鳥井殿を耻かしめ、花を池の坊とならび、はんせうを本因坊宗桂をめで、武士の芸とは云がたし。弓馬を始め、鎗剣術柔術、其外鉄砲等に至る迄、技芸は何れをも不案内に無之様心懸べき事、士の職分也。骨節を不鍛ば変に応ずる事難し。故に武士の家に生るゝ人は、八歳の頃より、手習読書を習し、十四五歳に至て、弓馬其外技芸を習練すべし。
書き下し
謠鼓を四座の太夫に增り、鞠を飛鳥井殿を耻かしめ、花を池の坊とならび、はんせうを本因坊宗桂をめで、武士の藝とは云ひがたし。弓馬を始め、鎗劍術柔術、其の外鐵砲等に至る迄、技藝は何れをも不案内に之無き樣に心懸くべき事、士の職分なり。骨節を鍛へざれば變に應ずる事難し。故に武士の家に生るゝ人は、八歲の頃より、手習讀書を習はし、十四五歲に至りて、弓馬其の外技藝を習練すべし。
現代語訳
謡や鼓が四座の太夫に勝り、蹴鞠が飛鳥井殿を恥じ入らせ、生け花が池坊に並び、碁が本因坊算砂(宗桂)を感心させるほどでも、武士の芸とは言いがたいものです。弓馬をはじめ、槍・剣術・柔術、そのほか鉄砲に至るまで、技芸のどれにも不案内でないように心がけるのが、士の職分です。骨や筋を鍛えなければ、変に応じることは難しいからです。ですから武士の家に生まれた人は、八歳のころから習字や読書を習わせ、十四、五歳になって弓馬やその他の技芸を習練しなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武訓』上・第4段士たる人は、高きいやしき、弓馬劍戟の法をまなぶべし。武藝をしらざれば、戰にのぞみ、敵に對しがたし。されど、大將たる人は、まづ、兵法をならひて、次に、武藝をならふべし。武藝に專なるべからず。武藝は、たゞ、其の大略をならふべし。武藝は末なり。兵法は本なり。有司も、兵法をならふべし。將たる人、武藝のみしりて、兵法をしらざるは、本をすてゝ、末をとるなり。小身の士は、武藝を、大やうは、あまねくまなぶべし。弓馬、劍術、鎗、長刀、拔刀、擊劍、拳法、棒、水練など、皆、ならひしるべし。一事もしらざれば、變に應じがたきことあり。小身の士も、一藝を、すぐれて精しくまなぶは、一事になづみて、他藝に通じがたし。故に、一藝に專一なるべからず。然れども、もし、士の子弟など、一藝を以て、身を立てんと思ふものは、藝を專にして、くはしくまなぶべし。これ、人の師となるにたれり。かやうの人、もし、あまねく多藝にしては、一藝にくはしからず。くはしからざれば、人の師となりがたし。
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『文武訓』武訓上一武士たる人は、武芸を知らずんばあるべからず。弓馬、刀剣、鎗長刀、鳥銃、拳法なども、其法をならはずしては、戦にのぞみて功をなしがたし。中について、弓馬を尤まなぶべし。弓馬の二は、ことさら学ばずしては、ちからつよしとても、妄に其術行はれず。他の武芸はよく習ひても、治世に生れては、一生の間一度も其わざ用に立たざることあり。弓馬は、治世にても日用のことなり。殊に馬は日々乗る物なれば、よく学ぶべし。
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『益軒家訓』幼児須教一凡書を習ふに、和字真草共に、幼より必古の書法正しき能書を以て手本とすべし。手本悪しければ癖附きて、一生手跡拙し。よく選むべし。一士は事繁き者なれば、一芸一材に長ぜるのみにては用に立たず、次第を以て博く文の芸を学ぶべし。文芸は和礼(書礼業礼共此内にあり)書法文字の学算数等也。余力あらば、和歌の道、本朝の古実典故、又医薬養生の術をも兼て学ぶべし。詩は日本の風にあらず、故に勝れたる天才なき者は作るべからず。学問の功を費し、心を苦め、拙けれども自ら其拙きを知らず、人の誚を得て益なし。武芸は剣術鍵騎射鳥銃拳法等なり。戦法は将と士と位によりて学ぶ所、大小の器殊也。其位に切なる事を先とし習ふべし。書を読み芸を習ふに、日を惜みて、時を失はずして、勤め習ふべし。年若く気憶も強き時、物を能く覚え習ひ置きて、一生の身の宝とすべし。後に悔ゆべからず。古の聖人は寸陰を惜み給ひしとなり。
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『文武訓』武訓上一士たる人は、高きいやしき、弓馬剣戟の法をまなぶべし。武芸を知らざれば、戦にのぞみ敵に対しがたし。されど、大将たる人は、まづ兵法をならひて、次に武芸をならふべし。武芸に専なるべからず。武芸はただ其大略をならふべし。武芸は末なり、兵法は本なり。有司も兵法をならふべし。将たる人、武芸のみ知りて兵法を知らざるは、本をすてて末をとるなり。小身の士は、武芸を大やうはあまねくまなぶべし。弓馬、剣術鎗長刀、抜刀、撃剣、拳法、棒、水練など皆ならひ知るべし。一事も知らざれば変に応じがたきことあり。小身の士も、一芸をすぐれて精しくまなぶは、一事になづみて他芸に通じがたし。故に一芸に専一なるべからず。然れども、もし士の子弟など、一芸を以て、身を立てんと思ふものは、芸を専にしてくはしくまなぶべし。これ人の師となるに足れり。かやうの人、もしあまねく多芸にしては、一芸にくはしからず、くはしからざれば人の師となりがたし。
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『士道心得書』・士の道は文と武士の道は則ち武なり。理を以て之を導く、是を文と云ひて、刑罰を以て之を導く、是を武と云ふ、云云。常を治むるを文と云ひて、變を治むるを武と云ふ。然り乍ら武は變にのみ用ゐるものにあらず。變は治中に起こるものなれば、常に武を備へざる時は、禍亂をなす、故に君として德を脩めず、民を敎へず、守護とならざる時は、三民流亡す。士として武道を能くせざる時は、士も亦遊民なり。
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『武道初心集』敎育武士たらん者は。三民の上に立て。事を執る職分の義に候へば。學問を致し。博く物の道理を辨へ不申しては不叶義に候。然りといへども亂世の武士と申は。生れて十五六歳にも罷成候へば。必ず初陣に立て。一騎役をも相務め申なれば。十二三の年來より。武藝を修練致し候に付。見臺に向ひ書物を拔き。机にもたれて筆を執るべき身の暇とては。左のみ無之を以て。おのづから無學文盲にして。一文字を引ことさへならぬ樣なる武士。戰國にはいかほども有之候。去れどもあながち其身の不心掛とも。親々の敵への惡しさとも沙汰無之候は。武道を專一とかせぐを以て。常用と仕るが故にて候。今天下靜謐の世に生れ値たる武士とても。武道の心懸を疎畧に致して。苦しからずと申にては無之候へども。亂世の武士のごとく。十五六歳よりは是非軍陣に不立しては。叶はずと申世間にても無之候へば。七八歳の年齡にも生立候に於ては。四書五經七書等の文字讀をも致させ。手習をも仕りて。物を書き覺ゑ候樣にと。油斷なく申敎へ。儲十五六歳にも罷成候へば。弓を射馬に乘り。其外一切の武藝をも修煉致させ候義。治世の武士。子を育つる本意たるべく候。右に申亂世の武士の文盲なるには一通りの申わけも有之候。治世の武士の無筆文盲の申分けは。立兼申義に候。但し子供の義は咎むべきにも無之候。偏へに親々の油斷不調法と可申にて候。畢竟子を愛する道を知らざるが故に候。初心の武士心得のため仍如件。

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