士道心得書 / 士の術は戰法
武士の術とするものは、則軍旅の道、戰法也。戰に臨て主客攻守山川海陸森林廣原之地大小强弱賢愚の敵皆以て一樣不成、夫〻に隨て戰法有り、何れも術に不有して勝利を得る事難し。且知者勝、不知者必敗。勝時は身を立國家を起し名を天下に顯す。敗する時は身を殺し國家を失ひ名を末代に穢す、是其術を不知故也。然るに今日君臣父子夫婦兄弟の間に、時々物々に變有り、其變を知て臨機應變をして、進退動靜掛引を能して是を調へずんば、五常の道亂て、今日の變を治るものは、如何ぞ軍旅の大變の術を得ん哉。
新字:武士の術とするものは、則軍旅の道、戦法也。戦に臨て主客攻守山川海陸森林広原之地大小強弱賢愚の敵皆以て一様不成、夫〻に随て戦法有り、何れも術に不有して勝利を得る事難し。且知者勝、不知者必敗。勝時は身を立国家を起し名を天下に顕す。敗する時は身を殺し国家を失ひ名を末代に穢す、是其術を不知故也。然るに今日君臣父子夫婦兄弟の間に、時々物々に変有り、其変を知て臨機応変をして、進退動静掛引を能して是を調へずんば、五常の道乱て、今日の変を治るものは、如何ぞ軍旅の大変の術を得ん哉。
書き下し
武士の術とするものは、則ち軍旅の道、戰法なり。戰に臨みて主客攻守山川海陸森林廣原の地、大小强弱賢愚の敵、皆以て一樣ならず、夫々に隨ひて戰法有り、何れも術に有らずして勝利を得る事難し。且つ知者は勝ち、知らざる者は必ず敗る。勝つ時は身を立て國家を起こし名を天下に顯はす。敗する時は身を殺し國家を失ひ名を末代に穢す、是れ其の術を知らざる故なり。然るに今日君臣父子夫婦兄弟の間に、時々物々に變有り、其の變を知りて臨機應變をして、進退動靜掛引を能くして是を調へずんば、五常の道亂れて、今日の變を治むるものは、如何ぞ軍旅の大變の術を得んや。
現代語訳
武士の術とするのは、すなわち軍の道、戦法です。戦に臨むと、主客・攻守・山川・海陸・森林・広い野原といった地形、大小強弱・賢愚の敵など、どれも一様ではなく、それぞれに応じた戦法があります。どれも術によらずに勝利を得るのは難しいことです。また知る者は勝ち、知らない者は必ず敗れます。勝てば身を立て国家を興し名を天下に顕し、敗れれば身を滅ぼし国家を失い名を後世まで汚します。それは術を知らなかったためです。ところで今日の君臣父子夫婦兄弟の間にも、折々に物事の変化があります。その変を知って臨機応変に対応し、進退動静や駆け引きをうまく行って整えなければ、五常の道は乱れます。今日の変を治められない者が、どうして軍の大きな変の術を得られるでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『士道心得書』・士の道は文と武士の道は則ち武なり。理を以て之を導く、是を文と云ひて、刑罰を以て之を導く、是を武と云ふ、云云。常を治むるを文と云ひて、變を治むるを武と云ふ。然り乍ら武は變にのみ用ゐるものにあらず。變は治中に起こるものなれば、常に武を備へざる時は、禍亂をなす、故に君として德を脩めず、民を敎へず、守護とならざる時は、三民流亡す。士として武道を能くせざる時は、士も亦遊民なり。
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『士道心得書』・謀智計の三要本書に曰く、士の法其の品多し、然れ共其の本は三ッに出づと云へり。されば士の作法は多しといへ共、其の本と成る處のものは、三ッ有り、則ち謀・智・計なり。是れ内・外・變の三要にて、内を調ふるを謀と云ひ、外を知るを智と云ひ、變を計るを計策と云へり。是れ皆心・體・事の三ッにて、主・將・士の三段より、匹夫輕卒に至る迄、常變共にしばらくも離るべからざるの大要なり。
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『士道心得書』・常は正道・變は詭道正氣を以て用とす。然るに常變との用差別有り。常の用は正道を以てし、變の用は詭道を以てす。然るに人々士の道と用とを辨へず、用ゐるに亦常變不正、故に混雜して、詭道を以て全くするを、士の道と心得違ふ事、是れ本を明かにせざるの誤りなり。孫子曰く、兵は詭道なりと。云ふ處の道は、武道の道に有らず、如何ぞ此の道に過り有るべけんや。故に孫子兵者と云へり。戰に臨みては詭道なりと云ふ事なり。戰は變なり。既に合戰に至りて、勝負に臨んでは、殊勝らしき正道仁義、仁者に敵無しなど云ふやうなる事にて、勝負の埒明く事に有らず。王道仁義全き論にては、合戰は有るまじ。唯だ聖人の敵へにて治平す。然れ共就中末世に及び、人の心直ならず、君臣父子兄弟朋友の道皆變ぜずといふ事なし、變なる時は、兵道にあらざれば、何ぞ是を治めん哉。聖人の道を守り、天下治まる時は、詭道の變、兵家者流の舌頭を動かすに及ばず。又仁者に敵無しといふは、大王の德の如し。先づ其の身仁者に成りての上の事なり。今の世に唯だ仁者といふ理有るのみにて、實に仁者はなし。
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『士道心得書』・詭道は敵に向ける故に禍亂に及ぶ時、變を治むるに至りては、詭道に有らずば、何を以てすべき哉。世の愚者、兵法疎くして、經書の片端を聞きはつり、僞といふ事をさみわるく思ひて、聖賢の常を治むる道の眞似を致したがり、色々異說を云ひて、是れ却つて兵道に對して不僞成る哉、孫子の心に有らず。かくいへば、亦詭道を武士の全體の道と思ひて、不變の常々君臣父子夫婦兄弟朋友の間に詭道を用ゐる事、是れ又大に誤れり。詭道は敵に對しての用なり、弓箭劍戟に同じ。如何ぞ味方に向ひて劍戟を用ゐる事有らん。又智計謀の三ッは詭道の事と心得る、是れ又大に相違す。謀智計は要本なり。正にも詭にも、萬物に此の三要を以てせずば全かるべからず、人々能く勘辨せよ。武士は天下の邪曲を正し、正道正義にせん爲にこそ、しばらく詭道を用ひて、人を隨へ、天下國家を治む。去れば正の爲に僞を用ゐ、僞の爲に不僞を用ゐず。僞を能くするものは正道を得る、詭を知りて正を行ふものは國家を得る、正を知りて詭を知らざるものは國家を亡ぼす。此に於て門人能く心を付くべきなり。
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『士道心得書』・武士の藝と職分謠鼓を四座の太夫に增り、鞠を飛鳥井殿を耻かしめ、花を池の坊とならび、はんせうを本因坊宗桂をめで、武士の藝とは云ひがたし。弓馬を始め、鎗劍術柔術、其の外鐵砲等に至る迄、技藝は何れをも不案内に之無き樣に心懸くべき事、士の職分なり。骨節を鍛へざれば變に應ずる事難し。故に武士の家に生るゝ人は、八歲の頃より、手習讀書を習はし、十四五歲に至りて、弓馬其の外技藝を習練すべし。
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五輪書・地の巻夫(そ)れ兵法と云ふ事、武家の法なり。将たる者はとりわき此の法を行ひ、卒たる者も此の道を知るべき事なり。今、世の中に兵法の道慥(たしか)に弁(わきま)へたるといふ武士なし。先(ま)づ道を顕して有るは、仏法として人をたすくる道、又儒道として文(ぶん)の道を糾し、医者といひて諸病を治する道、或は歌道者とて和歌の道ををしへ、或は数寄者(すきしや)・弓法者、其の外諸芸諸能までも、思ひ思ひに稽古し、こころこころにすくものなり。兵法の道にはすく人まれなり。先づ武士は文武二道と云ひて、二ツの道を嗜む事、是れ道なり。縦(たと)ひ此の道ぶきようなりとも、武士たるものはおのれおのれが分際程は、兵の法をばつとむべき事なり。大形(おほかた)武士の思ふ心をはかるに、武士は只死ぬると云ふ道を嗜む事と覚ゆる程の儀なり。死する道に於ては、武士ばかりに限らず、出家にても、女にても、百姓以下に至るまで、義理を知り恥を思ひ、死するべきを思ひきる事は、其の差別なきものなり。武士の兵法をおこなふ道は、何事に於ても大にすぐるる所を本とし、或は一身の切合にかち、或は数人の戦に勝ち、主君の為、我身の為、名をあげ身をたてんと思ふ、是れ兵法の徳をもつてなり。又世の中に兵法の道をならひても、実の時の役にはたつまじきと思ふ心あるべし。其の儀に於ては、何時にても役に立つやうに稽古し、万事に至り役に立つ様に教ゆる事、是れ兵法の実の道なり。

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