李衛公問対 / 卷下
故用兵之法,必先察吾士眾,激吾勝氣,乃可以擊敵焉。吳起『四機』,以氣機為上,無他道也,能使人人自鬬,則其銳莫當。
新字:故用兵之法,必先察吾士衆,激吾勝気,乃可以撃敵焉。呉起『四機』,以気機為上,無他道也,能使人人自闘,則其鋭莫当。
書き下し
故に用兵の法は、必ず先ず吾が士衆を察し、吾が勝氣を激して、乃ち以て敵を擊つべし。吳起の『四機』は、氣機を以て上と爲す。他の道無きなり。能く人人をして自ら鬬わしむれば、則ち其の銳當たる莫し。
現代語訳
それゆえ兵を用いる方法は、必ずまず自軍の兵士たちの様子をよく観察し、自分たちの勝とうとする気持ちを奮い立たせて、それから敵を撃つべきである。呉起の説く『四機』では、気の機を最上のものとしている。それ以外に特別な道はない。一人ひとりが自ら進んで奮い立って戦うようにできれば、その鋭さには誰も対抗できない。
解説
行動を起こす前に、まず自分たちの状態を見極め士気を高めることが最優先だという教えである。外の敵や課題に向き合う前に、内側の意欲がどれだけ整っているかが結果を大きく左右する。仕事のチームでも、一人ひとりが誰かに命じられてではなく自ら進んで取り組むようになったとき、その集団の力は他が容易に対抗できないほど強くなる。他人を動かす工夫を探す前に、まず自分や周囲の気持ちの状態を確かめる方が近道になることが多い。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
士気自発性観察
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