司馬法 / 用眾
選良次兵,是謂益人之強。
書き下し
良を選び兵を次(つ)がしむるは、是れ人の強を益すと謂う。
現代語訳
優れた者を選び抜き、その働きに応じて人材を配していくこと、これを人の力を増すというのである。
解説
優れた人材を選び抜き、それぞれの力に応じて適切な持ち場に配していくこと、それ自体が人の力を底上げする方法だと司馬法は言う。個々人の能力を鍛えることだけが強さを増す道ではなく、誰をどこに置くかという配置の巧拙もまた、集団全体の強さを左右する。チームを率いる場面に限らず、限られた人手をどう活かすかを考えるあらゆる状況に通じる知恵である。

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適材適所配置組織力
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『春秋左氏伝』襄公九年 上譲り下競ふ秦の景公、士雃(しけん)をして師を楚に乞はしめ、將に以て晉を伐たんとす。楚子之を許す。子囊曰く、「不可なり。當今、吾は晉と爭ふ能はず。晉君は能を類して之を使ひ、舉ぐるに選を失はず、官は方を易へず。其の卿は善に讓り、其の大夫は守を失はず、其の士は教に競ひ、其の庶人は農穡に力め、商工皁隸は業を遷すを知らず。韓厥老いたり、知罃(ちあう)稟けて以て政を為す。范匄は中行偃より少(わか)けれども之を上(たふと)び、中軍に佐たらしむ。韓起は欒黶より少けれども、欒黶・士魴之を上び、上軍に佐たらしむ。魏絳は功多きも、趙武を以て賢と為して之が佐と為る。君明らかに臣忠に、上讓り下競ふ。是の時に當りてや、晉は敵すべからず。之に事へて而る後に可なり。君其れ之を圖れ」と。王曰く、「吾既に之を許せり。晉に及ばずと雖も、必ず將に師を出さんとす」と。秋、楚子武城に師し、以て秦の援と為る。秦人晉を侵す。晉饑ゑ、報ゆる能はざるなり。
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『韓非子』初見秦第一夫れ一人奮死すれば以て十に対すべく、十は以て百に対すべく、百は以て千に対すべく、千は以て万に対すべく、万は以て天下に克つべし。
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説苑・修文天子諸侯事無ければ則ち歲に三たび田す、一を乾豆と為し、二を賓客と為し、三を君の庖に充つと為す。事無くして田せざるを、不敬と曰い、田するに禮を以てせざるを、天物を暴うと曰う。天子は合圍せず、諸侯は群を揜わず。天子殺せば則ち大緌を下し、諸侯殺せば則ち小緌を下し、大夫殺せば則ち佐轝を止め、佐轝止まれば則ち百姓畋獵す。獺魚を祭りて、然る後漁人澤梁に入る。鳩化して鴈と為りて、然る後罻羅を設く。草木零落して、然る後山林に入る。昆蟲蟄せざれば火田せず、麛せず卵せず、殀夭せず、巢を覆さず。此れ皆聖人上に在り、君子位に在り、能者職に在るは、大德の發する所なり。是の故に皋陶大理と為るや、民各おの服して其の實を得。伯夷禮を主どり、上下皆讓る。倕工師と為り、百工功を致す。益虞を主どり、山澤辟き成る。棄稷を主どり、百穀時に茂る。契司徒を主どり、百姓親和す。龍賓客を主どり、遠人至る。十二牧行われて、九州敢えて僻違せず。禹九澤を陂き、九道を通じ、九州を定め、各おの其の職を以て來貢し、厥の宜しきを失わず、方五十里より荒服に至る。南は交趾・大發を撫し、西は析支渠・搜氐羌に、北は山戎・肅慎に至り、東は長夷・島夷に至り、四海の內皆帝舜の功を戴く。是に於て禹乃ち九韶の樂を興し、異物を致し、鳳凰來翔し、天下德を明らかにするなり。
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事惣して役儀は其人の得手不得手ある事なり、不得手なる役に申付たるときは役儀の捌き宜しからさるなり、さるに依て之を替んとすれは席を上くるか下くるかせねは役替られぬなり、上かりの役に申付たるは立身になる、下かりの役に申付たるは、その人のいつくするもとより褒美歟、又は懲しめのためならは、あけてもよけんとも、只其人の得手なるむきに、換ゆるまてのことにて、別に褒美にても、懲しめにてもなきに、席を上け下けすること、詮もなきこと、又害も有なり、然れは同席の役をいくつも拵へ置く時は此の差支なきなり、されとも当時は席に名無く、唯〻此役の席と云ふことなる故、役と席とを別々にすへきやうなし、其上席に名を付け置さる故、混乱して、紛はしかるへし、
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