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司馬法 / 天子之義

在軍抗而立,在行遂而果,介者不拜,兵車不式,城上不趨,危事不齒。故禮與灋表裏也。文與武左右也。古者,賢王明民之德,盡民之善,故無廢德,無簡民,賞無所生,罰無所試。有虞氏不賞不罰而民可用,至德也。夏賞而不罰,至教也。殷罰而不賞,至威也。周以賞罰,德衰也。

新字:在軍抗而立,在行遂而果,介者不拝,兵車不式,城上不趨,危事不歯。故礼与灋表裏也。文与武左右也。古者,賢王明民之徳,尽民之善,故無廃徳,無簡民,賞無所生,罰無所試。有虞氏不賞不罰而民可用,至徳也。夏賞而不罰,至教也。殷罰而不賞,至威也。周以賞罰,徳衰也。

書き下し

軍に在りては抗して立ち、行に在りては遂(すす)みて果たし、介者は拝せず、兵車は式せず、城上は趨らず、危事は歯(よわい)せず。故に礼と法とは表裏なり。文と武とは左右なり。古は、賢王民の徳を明らかにし、民の善を尽くす、故に廃徳無く、簡民無く、賞は生ずる所無く、罰は試みる所無し。有虞氏は賞せず罰せずして民用うべし、至徳なり。夏は賞して罰せず、至教なり。殷は罰して賞せず、至威なり。周は賞罰を以てす、徳衰うるなり。

現代語訳

(国にいるときとは違い)軍にいるときは胸を張って立ち、隊列の中では果断に進み、甲冑を着けた者は拝礼せず、兵車の上では敬礼の式(車の横木に手をかける礼)をせず、城壁の上では小走りの礼をせず、危急の事には年齢の順序を問わない。だから礼と法は表と裏であり、文と武は左右の手である。昔、賢王は民の徳を明らかにし、民の善を引き出し尽くした。だからすたれた徳はなく、見捨てられる民もなく、賞を与える場面は生じず、罰を試みる場面もなかった。有虞氏(舜)は賞も罰も用いずに民を使うことができた。徳の極みである。夏は賞を与えて罰しなかった。教化の極みである。殷は罰して賞を与えなかった。威の極みである。周は賞と罰を両方用いた。徳が衰えたのである。

解説

前半は、国にいるときの謙虚な作法と対になる、軍中の作法を並べる。胸を張って立ち、甲冑姿では拝礼せず、兵車では敬礼せず、危急のときは年功の順を問わない。平時の礼を軍では省くが、それは礼を捨てることではなく、場に合った別の礼に切り替えることである。だから礼と法は表裏、文と武は左右の手だと結ぶ。後半は、賞罰を使わずにすむ統治を最上とし、舜は賞罰なし、夏は賞のみ、殷は罰のみ、周は両方と、時代が下るほど徳が衰えたと見る。法家が賞罰を統治の二本柄とするのと正反対の評価であり、儒家に近い司馬法の立場がよく表れている。賞罰に頼らなければ人が動かない組織は、すでに何かを失っている。

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