呻吟語 / 内篇・應務・責むるは太だ盡くす可からず
人情天下古今所同,聖人防其肆,特為之立中以的之。故立法不可太極,制禮不可太嚴,責人不可太盡,然後可以同歸於道。不然,是驅之使畔也。
新字:人情天下古今所同,聖人防其肆,特為之立中以的之。故立法不可太極,制礼不可太厳,責人不可太尽,然後可以同帰於道。不然,是駆之使畔也。
書き下し
人情は天下古今の同じき所なり。聖人は其の肆なるを防ぎ、特に之が為に中を立てて以て之を的とす。故に法を立つるは太だ極む可からず、禮を制するは太だ嚴なる可からず、人を責むるは太だ盡くす可からず。然る後に以て同じく道に歸す可し。然らずんば、是れ之を驅りて畔かしむるなり。
現代語訳
人の情は、天下でも古今でも同じです。聖人はそれが勝手になるのを防ぎ、そのために中を立てて的としました。だから法を立てるのに極端にしてはならず、礼を定めるのに厳しすぎてはならず、人を責めるのに徹底してはなりません。そうして初めて共に道へ帰ることができます。そうでなければ、それは人を追い立てて背かせることです。
解説
規則や礼や叱責を、どれも緩めよと説きます。理由は人情が同じだからで、締めすぎれば必ず背く。目的は共に道へ帰ることであって、正しさを貫くことではないという順序です。最後の一句が鋭く、厳しくすることは背かせることだと言い切ります。運用する側に立つ者への、実に現実的な忠告になっています。運用する側に立つ者への、現実的な忠告になっています。
この章句が説くこと
法礼叱責緩和人情
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