洗心洞箚記 / 卷下・第百三條
於是又賦詩、詩曰、四明不獨盡湖東、西眺洛城眼界空、人家十萬塵喧絕、只聽一禽歌冷風、〈最高雖夏氣如秋末〉胸中益灑灑然、覺無一點渣滓、因謂吾輩纔卽其境、呼起良知、存誠敬、猶且忘了至險、而登嶽雖再顧萬死處、不心寒股慄、而湛湛悠悠、却心得聖人同焉之興、而況如伊川先生、通晝夜、徹語默、存誠敬則其謂雖堯舜之事、只是如太虛中一點浮雲過日、實見而非虛論、斷可知矣、因適記先生涪州之水厄、遂又及余湖上之事、此非比焉而參言也、只欲俾人知致良知、卽是爲誠敬、存誠敬則良知照照然如日月、初無二致也、故詳述以告同志焉、所從之門人、白履、松誠之、
新字:於是又賦詩、詩曰、四明不独尽湖東、西眺洛城眼界空、人家十万塵喧絶、只聴一禽歌冷風、〈最高雖夏気如秋末〉胸中益灑灑然、覚無一点渣滓、因謂吾輩纔即其境、呼起良知、存誠敬、猶且忘了至険、而登嶽雖再顧万死処、不心寒股慄、而湛湛悠悠、却心得聖人同焉之興、而況如伊川先生、通昼夜、徹語黙、存誠敬則其謂雖堯舜之事、只是如太虚中一点浮雲過日、実見而非虚論、断可知矣、因適記先生涪州之水厄、遂又及余湖上之事、此非比焉而参言也、只欲俾人知致良知、即是為誠敬、存誠敬則良知照照然如日月、初無二致也、故詳述以告同志焉、所従之門人、白履、松誠之、
書き下し
是に於て又詩を賦す。詩に曰く、四明独り湖東を尽くすのみならず、西のかた洛城を眺むれば眼界空し。人家十万塵喧絶え、只だ聴く一禽の冷風に歌ふを、と(最高は夏と雖も気秋末の如し)。胸中益々灑灑然として、一点の渣滓無きを覚ゆ。因りて謂ふ、吾が輩纔かに其の境に即きて、良知を呼び起こし、誠敬を存すれば、猶且つ至険を忘れ了り、而して嶽に登りて再び万死の処を顧みると雖も、心寒え股慄せず、而して湛湛悠悠として、却って聖人と同じきの興を心得たり。而るを況んや伊川先生の如き、昼夜に通じ、語黙を徹して、誠敬を存すれば、則ち其の謂ふ「堯舜の事と雖も、只だ是れ太虚中の一点の浮雲の日を過ぐるが如し」とは、実見にして虚論に非ざること、断じて知るべし。因りて適々先生の涪州の水厄を記し、遂に又余が湖上の事に及ぶ。此れ比べて参へ言ふに非ざるなり。只だ人をして良知を致すは即ち是れ誠敬を為すことにして、誠敬を存すれば則ち良知照照然として日月の如く、初めより二致無きことを知らしめんと欲するのみ。故に詳らかに述べて以て同志に告ぐ。従ふ所の門人は、白履、松誠之なり。
現代語訳
そこでまた詩を作った。「四明ヶ岳は湖の東を見尽くすだけではない。西に洛の都を眺めれば、視界は果てしなく空しい。十万の人家の塵のような喧騒も途絶え、ただ一羽の鳥が冷たい風の中で歌うのが聞こえる」(頂上は夏でも秋の末のような気候である)。胸中はますますさっぱりとして、一点のかすもないのを覚えた。そこで思う。私たちでさえ、わずかにその境地に身を置いて良知を呼び起こし、誠敬を保てば、最も険しい所のことも忘れてしまい、山に登って死にかけた場所を振り返っても心が凍え股が震えることはなく、深く静かにゆったりとして、かえって聖人と同じ興趣を心に得ることができた。まして伊川先生のように、昼も夜も、語るときも黙るときも、一貫して誠敬を保った人なら、その言う「堯舜の事業でさえ、ただ太虚の中を一点の浮雲が日をよぎるようなものだ」という言葉が、実際に見たことであって空論ではないと、はっきりわかる。それでたまたま先生の涪州での水難を記し、さらに私の湖上のことにも及んだのである。これは自分を先生になぞらえて並べ語ろうというのではない。ただ人に、良知を致すことはすなわち誠敬を行うことであり、誠敬を保てば良知は日月のように明らかに照り、もともと二つではないということを知らせたいだけである。だから詳しく述べて同志に告げる。従った門人は、白履と松誠之(松浦誠之)である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條門生家僮、既に悪酒に酔ふが如く、頭痛み眼眩み、其の心覆溺を慮る者の如し。予と雖も実に以て死せりと為す。故に憂悔危懼の念を起こさざるを得ず。是の時忽ち藤樹書院に於て作りし「人の此の知を致す無し」の句を憶ひ、心口相語りて曰く、此れ即ち其の良知を致さざるの人を責むるなり。而るに我は則ち憂悔危懼の念を起こす。若し自ら之を責めざれば、則ち躬を待つこと薄くして、人を責むること却って厚し、恕に非ざるなり。平生学ぶ所将た何くに在る、と。直ちに良知を呼び起こせば、則ち伊川先生の誠敬を存するの言も、亦た一時に并せ起こり来たる。因りて其の飄動の中に堅坐し、乃ち伊川陽明二先生に対するが如く、主一無適、我の我たるを忘る。何ぞ況んや狂瀾逆浪敢へて予が心に挂からんや。故に憂悔危懼の念、湯の雪に赴くが如く、立ちどころに消滅して痕無し。此より凝然として動かず、而して颶風も亦た自ら止み、桑風依然として舟を送り、終に坂本の西岸に著く。此れ豈に天に非ずや。時に夜既に二更なり。門生家僮皆回生の恩と為し、以て互ひに恙無きを賀し、遂に坂本に宿す。
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『洗心洞箚記』箚記跋(松浦誠之)因りて誠之謹んで之を考ふるに、太虚と良知とは一のみ。其の公にして私無き処は即ち太虚、其の霊にして昧からざる処は即ち良知なり。而して其の公ならず霊ならざる所以の者は、皆夫の意見情識の欲之を蔽ふなり。宜なるかな先生の云云すること。故に吾人の其の欲を去るに於けるや、猶ほ鉱の冶に在り、璞の攻に在るがごときなり。気質を変化するの義有り、死生を一にするの義有り、虚偽を去るの義有り。而して真に反求して即ち之を去り、之を変化し、之を一にすれば、蔽ふ者尽く散ず。是に於いて其の公と霊と乃ち全く現る。猶ほ金の冶を出で、玉の攻を経て、其の精采光色固より外より鑠するに非ざるがごとし。断じて疑ひ無し。如し反求せずして、徒らに篤信を以てするのみならば、則ち善く学ぶに非ざるなり。誠之等の如き者、果して能く虚偽を去るを得るや否や。果して能く気質を変化するを得るや否や。果して能く死生を一にするを得るや否や。之を口にすと雖も之を躬にする能はずんば、実に師教に叛きて師門に益無し。嗚呼、世の豪傑の士、先生の声を聞きて未だ其の面と心とを知らざる者、一たび是の書を閲せば、即ち必ず期せずして合ひ、約せずして契ふこと、尤西川の王子に於けるが如き者有らん。是れ誠之等の夢想して敢へて一日も懐に忘れざる所の者なり。是れ誠之等の夢想して敢へて一日も懐に忘れざる所の者なり。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條吾嘗て先生の誠敬を存するの旨を尋繹し、頗る一得有り。常に子弟に告げて曰く、彼の老父は必ず老荘釈列の徒にして、其の道に精しき者なるか。無心を説きて先生の答を挫くが如しと雖も、然れども渠は其の誠の誠たる所以、敬の敬たる所以を識らざる者に似たり。夫れ吾が儒の誠敬を存する者は、則ち更に一点の禍福生死の念の方寸に黏著する無し。故に其の方寸乃ち太虚と一なり。是れ即ち大無心なり。而して何ぞ無心の之に及ばん。如し誠敬に非ずして徒に無心なれば、則ち人と雖も特だ枯木朽株のみ。枯木朽株も、亦た能く水に入りて沈まず。異端の不動心は、大凡此の類なり。之を以て径ちに誠敬を存するの君子と、同視抗衡するは可ならんや。故に先生危ふき時に当たりて怖るる色無きは、即ち心太虚にして、舜の烈風雷雨に迷はざると一般、倶に誠敬を存する上より来る。嗚呼、誠敬の義大なるかな。老荘釈列の徒、何ぞ之を知るに足らんや。其の後先生涪より洛に還るに、容色鬚髪、皆平昔に勝る。佗術有りて以て之を致すに非ず、是れも亦た誠敬の滋潤のみ。之を思へば則ち腐爛を以て之を視ること勿くして可なり。儞が輩勉めよや勉めよや。此れ特だ子弟を責むるのみに非ず、予も亦た是に志す者なり。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條明早天晴る。天台山に登り、四明の最高を尽くして、東北を俯視すれば、則ち乃ち湖なり。疇昔経歴する所の至険、皆眼中に入る。風浪静かにして遠邇朗らかなり、実に一大円鏡なり。漁舟点点として黶子の如く、帆檣数千、東に去り西に来たり、平地よりも易く、危懼すべき者無きに似たり。是に於て門生余に謂ひて曰く、昨の憂悔危懼は抑々夢か、亦た天吾が師を譴むるか、と。余曰く、否、夢に非ずして真境なり、天譴に非ずして我を金玉にするなり。何となれば其の変に逢ふに非ざれば、則ち焉んぞ真の良知真の誠敬を窺ひ得んや、又焉んぞ真に伊川陽明両先生に対するを得んや。故に曰く、真境にして夢に非ざるなり、我を金玉にして天譴に非ざるなり。然らば則ち福にして禍に非ざるなり。賢輩も亦た徒に憂悔危懼の事を追思すること毋くして可なり、身心に益無きなり。且つ賢輩盍ぞ復た夫の城邑を視ざる。其れ亦た杖屨の底に在りて、蜂窩蟻垤の如き者、富貴貧賤の同じく棲む所なり。故に我は則ち却って小魯の興を得て、心広く身裕かに、眼豁けて脚軽し。賢輩も亦た宜しく共に是の興味を同じうすべし、と。
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『洗心洞箚記』卷下・第九十五條大程子曰く、天人本より二無し、必ずしも合と言はず。只だ是れ一個の誠なり。天地万物鬼神本より二無し、と。謹んで按ずるに、程子の学は、誠を以て主と為し、敬は其の功なり。然らば則ち濂渓先生の誠の字より来る、是れ其の嫡血なり。故に朱子曰く、程子の学は誠を以て本と為す、と。而して其の天人二無しと謂ふは、則ち人固より天なり。而して天の徳たる、一誠のみ。故に人太虚に帰すれば、則ち亦た只だ一誠のみ。天を生じ地を生じ、鬼を成し帝を成す、皆是れ誠の徳なり。故に程子又曰く、天は即ち性、性は即ち心、天を生じ地を生じ万物を化育する所以なり、と。陽明先生も亦た曰く、良知は是れ造化の精霊なり、這些の精霊、天を生じ地を生じ、鬼を成し帝を成す、皆此より出づ、真に是れ物と対する無し、と。程王の説符を合はすが如し。而して陽明先生の云ふ所の良知は即ち天の虚霊にして、其の万古易らずして一なる者は、即ち誠なり、二有るに非ざるなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第九十三條二程子曰く、見聞の知は、乃ち物交はりて知る。徳性の知る所に非ず。徳性の知る所は、聞見を待たずと。又曰く、聞見の知は、徳性の知に非ず。徳性の知る所は、聞見を仮らずと。又曰く、良知良能は、皆由る所無し、乃ち天より出づ、人に係らずと。又曰く、夜気の存する所の者は、良知なり、良能なり。苟も拡めて之を充たし、旦昼の梏する所を化して、夜気の存する所と為せば、然る後以て聖人に至る有るなりと。程子の説く所の四条の知は、皆良知なり。之を拡充すれば則ち聖人に至る、陽明先生より始まるに非ざること、此に於てか又識るべし。
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