洗心洞箚記 / 卷下・第百三條
門生家僮、旣如醉惡酒、頭痛眼眩、其心如慮覆溺者、雖予實以爲死矣、故不得不起憂悔危懼之念、是時忽憶於藤樹書院所作無人致此知之句、心口相語曰、此卽責其不致良知之人也、而我則起憂悔危懼之念、若不自責之、則待躬薄、而責人却厚矣、非恕也、平生所學將何在、直呼起良知、則伊川先生存誠敬之言、亦一時并起來、因堅坐其飄動中、乃如對伊川陽明二先生、主一無適、忘我之爲我、何況狂瀾逆浪不敢挂予心、故憂悔危懼之念、如湯之赴雪、立消滅無痕、自此凝然不動、而颶風亦自止、桑風依然送舟、終著坂本西岸、此豈非天乎、時夜旣二更矣、門生家僮皆爲回生之恩、以互賀無恙、遂宿坂本、
新字:門生家僮、既如酔悪酒、頭痛眼眩、其心如慮覆溺者、雖予実以為死矣、故不得不起憂悔危懼之念、是時忽憶於藤樹書院所作無人致此知之句、心口相語曰、此即責其不致良知之人也、而我則起憂悔危懼之念、若不自責之、則待躬薄、而責人却厚矣、非恕也、平生所学将何在、直呼起良知、則伊川先生存誠敬之言、亦一時并起来、因堅坐其飄動中、乃如対伊川陽明二先生、主一無適、忘我之為我、何況狂瀾逆浪不敢挂予心、故憂悔危懼之念、如湯之赴雪、立消滅無痕、自此凝然不動、而颶風亦自止、桑風依然送舟、終著坂本西岸、此豈非天乎、時夜既二更矣、門生家僮皆為回生之恩、以互賀無恙、遂宿坂本、
書き下し
門生家僮、既に悪酒に酔ふが如く、頭痛み眼眩み、其の心覆溺を慮る者の如し。予と雖も実に以て死せりと為す。故に憂悔危懼の念を起こさざるを得ず。是の時忽ち藤樹書院に於て作りし「人の此の知を致す無し」の句を憶ひ、心口相語りて曰く、此れ即ち其の良知を致さざるの人を責むるなり。而るに我は則ち憂悔危懼の念を起こす。若し自ら之を責めざれば、則ち躬を待つこと薄くして、人を責むること却って厚し、恕に非ざるなり。平生学ぶ所将た何くに在る、と。直ちに良知を呼び起こせば、則ち伊川先生の誠敬を存するの言も、亦た一時に并せ起こり来たる。因りて其の飄動の中に堅坐し、乃ち伊川陽明二先生に対するが如く、主一無適、我の我たるを忘る。何ぞ況んや狂瀾逆浪敢へて予が心に挂からんや。故に憂悔危懼の念、湯の雪に赴くが如く、立ちどころに消滅して痕無し。此より凝然として動かず、而して颶風も亦た自ら止み、桑風依然として舟を送り、終に坂本の西岸に著く。此れ豈に天に非ずや。時に夜既に二更なり。門生家僮皆回生の恩と為し、以て互ひに恙無きを賀し、遂に坂本に宿す。
現代語訳
門生と家僕は、すでに悪い酒に酔ったように頭が痛み目がくらみ、心は舟が転覆して溺れることばかり案じている様子だった。私自身も、本当にもう死ぬものと思った。それで憂い・悔い・危ぶみ・恐れの念を起こさずにはいられなかった。その時ふと、藤樹書院で作った「この知を致す人がいない」の句を思い出し、心と口とで語り合った。「あれは良知を致さない人を責めた句だ。それなのに私は憂悔危懼の念を起こしている。もし自分を責めなければ、自分には甘く、人を責めるのはかえって厳しいことになる。それは恕(思いやり)ではない。平生学んできたことは、いったいどこにあるのか」。すぐさま良知を呼び起こすと、伊川先生の誠敬を保つという言葉も同時に湧き起こってきた。そこで揺れ動く舟の中にしっかりと座り、伊川・陽明の二先生に向き合っているかのように、心を一つにして他に移さず(主一無適)、自分が自分であることさえ忘れた。まして荒れ狂う大波が私の心にかかるはずもない。それで憂悔危懼の念は、湯を雪に注いだように、たちまち消えて跡形もなくなった。それからは凝然として動かず、暴風もおのずからやみ、そよ風が元どおり舟を送って、ついに坂本の西岸に着いた。これがどうして天でないことがあろう。時刻はすでに夜の二更(午後十時ごろ)であった。門生と家僕はみな命拾いの恩だとして、互いに無事を祝い合い、そのまま坂本に泊まった。
解説
この章句が説くこと
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條是に於て又詩を賦す。詩に曰く、四明独り湖東を尽くすのみならず、西のかた洛城を眺むれば眼界空し。人家十万塵喧絶え、只だ聴く一禽の冷風に歌ふを、と(最高は夏と雖も気秋末の如し)。胸中益々灑灑然として、一点の渣滓無きを覚ゆ。因りて謂ふ、吾が輩纔かに其の境に即きて、良知を呼び起こし、誠敬を存すれば、猶且つ至険を忘れ了り、而して嶽に登りて再び万死の処を顧みると雖も、心寒え股慄せず、而して湛湛悠悠として、却って聖人と同じきの興を心得たり。而るを況んや伊川先生の如き、昼夜に通じ、語黙を徹して、誠敬を存すれば、則ち其の謂ふ「堯舜の事と雖も、只だ是れ太虚中の一点の浮雲の日を過ぐるが如し」とは、実見にして虚論に非ざること、断じて知るべし。因りて適々先生の涪州の水厄を記し、遂に又余が湖上の事に及ぶ。此れ比べて参へ言ふに非ざるなり。只だ人をして良知を致すは即ち是れ誠敬を為すことにして、誠敬を存すれば則ち良知照照然として日月の如く、初めより二致無きことを知らしめんと欲するのみ。故に詳らかに述べて以て同志に告ぐ。従ふ所の門人は、白履、松誠之なり。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條帰る時大溝の港口に於て復た舟を買ふ。予と従ふ所の門生及び家僮と四人のみ、更に同舟の人無し。再び湖に泛び、南のかた坂本に向かひ、将に吾が郷に還らんとす。而して大溝より坂本に至るまで、水程凡そ八里可り。此れ即ち我が邦の里数にして、異朝の里数に非ざるなり。異朝の里数に当つれば、則ち六十八九里なり。纜を解き綃を結ぶは、既に未申の際にして、日晴れ浪静かに、桑風只だ颯颯たるのみ。小松の近傍に至りて、北風勃として起こり、湖を囲む四山各々声を飛ばし、而して狂瀾逆浪、或は百千の怒馬の陣を衝くが如く、或は数仞の雪山の前に崩るるが如し。他の舟船皆既に逃れて一も有る無し。其の帆を張ること低きに至りて三尺強、而して其の怒馬に乗り、其の雪山を踏みて、以て直前勇往し、箭の馳するが如き者は、只だ是れ吾が一舟のみ。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條忽ち鰐津に到る。嘗て聞く、鰐津は平日風無き時と雖も、回淵藍染にして、盤渦谷転し、巨口大鱗の游泳出没する所、乃ち湖中の至険なり、と。而るを況んや風波震激の時をや。篷を推して水面を見れば、則ち所謂地裂け天開くの勢を為す。奇なるかな。颶風忽ち南北両面より吹きて軋る。故に帆腹の表裏饑飽定まらず。是を以て舟進みて又退き、退きて又進み、右傾けば則ち左昂がり、左傾けば則ち右昂がり、踊るが如く舞ふが如く、飛沫峻しく濺ぎ、篷に入り牀を侵す。実に至危の秋なり。舟子呼びて曰く、他の舟は皆幾を知る、故に之を避く。某の如きは独り誤りて前知する能はず、而して乃ち此に至る。呼、命なるかな。然りと雖も客に対する面目無きのみ、と。吾其の言意を察するに、共に魚腹に葬らるるの患を免れざるに似たり。因りて却って舟子を慰喩して曰く、爾が誤りて此に至るは命なり、則ち吾が輩の此に至るも亦た命なり。倶に之を如何ともする無し、只だ天に任すのみ、何ぞ患ふるに足らんや、と。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條伊川先生の涪州の行は、乃ち其の厄なり。其の江を渡るや、中流にて船幾ど覆らんとし、舟中の人皆号哭す。先生独り襟を正し安坐して常の如し。已にして岸に及ぶ。同舟に老父有り、問ひて曰く、危ふき時に当たりて、君独り怖るる色無きは、何ぞや、と。曰く、心に誠敬を存するのみ、と。老父曰く、心に誠敬を存するは、固より善し。然れども無心に若かず、と。先生之と言はんと欲するも、老父径ちに去りて顧みず。此の事は儒林文苑中の旧き説話にして、人の口耳に在りて既已に腐爛せり。宜しく語らざるべき者に似たり。然れども人其の境に遭へば、則ち孰か心寒え股栗すること無くして其の度を失はざる者ならんや。故に口耳に在りて既已に腐爛すと雖も、又当に故きを温めて新しきを知るべし。是れ乃ち善く学ぶと謂ふべきなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條明早天晴る。天台山に登り、四明の最高を尽くして、東北を俯視すれば、則ち乃ち湖なり。疇昔経歴する所の至険、皆眼中に入る。風浪静かにして遠邇朗らかなり、実に一大円鏡なり。漁舟点点として黶子の如く、帆檣数千、東に去り西に来たり、平地よりも易く、危懼すべき者無きに似たり。是に於て門生余に謂ひて曰く、昨の憂悔危懼は抑々夢か、亦た天吾が師を譴むるか、と。余曰く、否、夢に非ずして真境なり、天譴に非ずして我を金玉にするなり。何となれば其の変に逢ふに非ざれば、則ち焉んぞ真の良知真の誠敬を窺ひ得んや、又焉んぞ真に伊川陽明両先生に対するを得んや。故に曰く、真境にして夢に非ざるなり、我を金玉にして天譴に非ざるなり。然らば則ち福にして禍に非ざるなり。賢輩も亦た徒に憂悔危懼の事を追思すること毋くして可なり、身心に益無きなり。且つ賢輩盍ぞ復た夫の城邑を視ざる。其れ亦た杖屨の底に在りて、蜂窩蟻垤の如き者、富貴貧賤の同じく棲む所なり。故に我は則ち却って小魯の興を得て、心広く身裕かに、眼豁けて脚軽し。賢輩も亦た宜しく共に是の興味を同じうすべし、と。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條吾嘗て先生の誠敬を存するの旨を尋繹し、頗る一得有り。常に子弟に告げて曰く、彼の老父は必ず老荘釈列の徒にして、其の道に精しき者なるか。無心を説きて先生の答を挫くが如しと雖も、然れども渠は其の誠の誠たる所以、敬の敬たる所以を識らざる者に似たり。夫れ吾が儒の誠敬を存する者は、則ち更に一点の禍福生死の念の方寸に黏著する無し。故に其の方寸乃ち太虚と一なり。是れ即ち大無心なり。而して何ぞ無心の之に及ばん。如し誠敬に非ずして徒に無心なれば、則ち人と雖も特だ枯木朽株のみ。枯木朽株も、亦た能く水に入りて沈まず。異端の不動心は、大凡此の類なり。之を以て径ちに誠敬を存するの君子と、同視抗衡するは可ならんや。故に先生危ふき時に当たりて怖るる色無きは、即ち心太虚にして、舜の烈風雷雨に迷はざると一般、倶に誠敬を存する上より来る。嗚呼、誠敬の義大なるかな。老荘釈列の徒、何ぞ之を知るに足らんや。其の後先生涪より洛に還るに、容色鬚髪、皆平昔に勝る。佗術有りて以て之を致すに非ず、是れも亦た誠敬の滋潤のみ。之を思へば則ち腐爛を以て之を視ること勿くして可なり。儞が輩勉めよや勉めよや。此れ特だ子弟を責むるのみに非ず、予も亦た是に志す者なり。
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