洗心洞箚記 / 卷下・第百三條
吾嘗尋繹先生存誠敬之旨、頗有一得矣、常告子弟曰、彼老父必老莊釋列之徒、而精其道者也歟、雖如說無心挫先生之答、然渠似不識其誠之所以誠、敬之所以敬者也、夫吾儒之存誠敬者、則更無一點禍福生死之念黏著於方寸、故其方寸乃與太虛一焉、是卽大無心也、而何無心及之、如非誠敬而徒無心、則雖人特枯木朽株焉耳、枯木朽株、亦能入水不沈、異端之不動心、大凡此類也、以之徑與存誠敬之君子、同視抗衡可耶、故先生當危時無怖色、卽心太虛、而與舜之烈風雷雨弗迷一般、俱從存誠敬上來、嗚呼、誠敬之義大矣哉、老莊釋列之徒、何足知之歟、其後先生自涪還洛、容色鬚髮、皆勝乎平昔、非有佗術以致之、是亦誠敬之滋潤耳、思之則勿以腐爛視之可也、儞輩勉旃勉旃、此非特責子弟、予亦志于是者也、
新字:吾嘗尋繹先生存誠敬之旨、頗有一得矣、常告子弟曰、彼老父必老荘釈列之徒、而精其道者也歟、雖如説無心挫先生之答、然渠似不識其誠之所以誠、敬之所以敬者也、夫吾儒之存誠敬者、則更無一点禍福生死之念黏著於方寸、故其方寸乃与太虚一焉、是即大無心也、而何無心及之、如非誠敬而徒無心、則雖人特枯木朽株焉耳、枯木朽株、亦能入水不沈、異端之不動心、大凡此類也、以之径与存誠敬之君子、同視抗衡可耶、故先生当危時無怖色、即心太虚、而与舜之烈風雷雨弗迷一般、倶従存誠敬上来、嗚呼、誠敬之義大矣哉、老荘釈列之徒、何足知之歟、其後先生自涪還洛、容色鬚髪、皆勝乎平昔、非有佗術以致之、是亦誠敬之滋潤耳、思之則勿以腐爛視之可也、儞輩勉旃勉旃、此非特責子弟、予亦志于是者也、
書き下し
吾嘗て先生の誠敬を存するの旨を尋繹し、頗る一得有り。常に子弟に告げて曰く、彼の老父は必ず老荘釈列の徒にして、其の道に精しき者なるか。無心を説きて先生の答を挫くが如しと雖も、然れども渠は其の誠の誠たる所以、敬の敬たる所以を識らざる者に似たり。夫れ吾が儒の誠敬を存する者は、則ち更に一点の禍福生死の念の方寸に黏著する無し。故に其の方寸乃ち太虚と一なり。是れ即ち大無心なり。而して何ぞ無心の之に及ばん。如し誠敬に非ずして徒に無心なれば、則ち人と雖も特だ枯木朽株のみ。枯木朽株も、亦た能く水に入りて沈まず。異端の不動心は、大凡此の類なり。之を以て径ちに誠敬を存するの君子と、同視抗衡するは可ならんや。故に先生危ふき時に当たりて怖るる色無きは、即ち心太虚にして、舜の烈風雷雨に迷はざると一般、倶に誠敬を存する上より来る。嗚呼、誠敬の義大なるかな。老荘釈列の徒、何ぞ之を知るに足らんや。其の後先生涪より洛に還るに、容色鬚髪、皆平昔に勝る。佗術有りて以て之を致すに非ず、是れも亦た誠敬の滋潤のみ。之を思へば則ち腐爛を以て之を視ること勿くして可なり。儞が輩勉めよや勉めよや。此れ特だ子弟を責むるのみに非ず、予も亦た是に志す者なり。
現代語訳
私はかつて先生が誠敬を保ったことの意味をたずね究め、少し得るところがあった。いつも子弟にこう告げている。あの老人はきっと老子・荘子・釈迦・列子の徒で、その道に精通した者だったのだろう。無心を説いて先生の答えをくじいたようではあるが、彼は誠がなぜ誠であり、敬がなぜ敬であるのかを知らない者のようだ。そもそも我が儒者で誠敬を保つ者は、禍福や生死を思う念が一点も心に貼りついていない。だからその心は太虚と一つである。これこそ大いなる無心である。どうしてただの無心がこれに及ぼうか。もし誠敬でなく、ただ無心であるだけなら、人であっても枯れ木や朽ちた株にすぎない。枯れ木や朽ちた株も、水に入って沈まないことはできる。異端の不動心は、おおよそこの類である。それをそのまま誠敬を保つ君子と同列に並べ、張り合わせてよいものか。だから先生が危ういときに恐れる様子がなかったのは、心が太虚であったからで、舜が烈しい風や雷雨の中でも迷わなかった(『書経』舜典)のと同じく、どちらも誠敬を保つところから来ている。ああ、誠敬の意義は大きい。老荘や釈迦・列子の徒に、どうしてそれがわかろうか。その後、先生が涪州から洛陽に帰ったとき、顔色もひげも髪も、みな以前よりまさっていた。何か別の術でそうなったのではない。これもまた誠敬の潤いにほかならない。これを思えば、腐りきった話と見なさないのがよい。おまえたち、努めよ、努めよ。これはただ子弟を責めるだけではない。私もまたここに志す者なのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條伊川先生の涪州の行は、乃ち其の厄なり。其の江を渡るや、中流にて船幾ど覆らんとし、舟中の人皆号哭す。先生独り襟を正し安坐して常の如し。已にして岸に及ぶ。同舟に老父有り、問ひて曰く、危ふき時に当たりて、君独り怖るる色無きは、何ぞや、と。曰く、心に誠敬を存するのみ、と。老父曰く、心に誠敬を存するは、固より善し。然れども無心に若かず、と。先生之と言はんと欲するも、老父径ちに去りて顧みず。此の事は儒林文苑中の旧き説話にして、人の口耳に在りて既已に腐爛せり。宜しく語らざるべき者に似たり。然れども人其の境に遭へば、則ち孰か心寒え股栗すること無くして其の度を失はざる者ならんや。故に口耳に在りて既已に腐爛すと雖も、又当に故きを温めて新しきを知るべし。是れ乃ち善く学ぶと謂ふべきなり。
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『近思録』巻4 存養今人外面に不善に役役として、不善の中に於いて箇の善を尋ね来たりて存著す、此くの如くんば則ち豈に善に入るの理有らんや。只だ是れ邪を閑げば則ち誠自ら存す。故に孟子性善を言ふは皆内より出づ。只だ誠便ち存するが為なり。邪を閑ぐに更に甚の工夫を著けん。但だ惟れ是れ容貌を動かし、思慮を整ふ。則ち自然に敬を生ず。敬は只だ是れ一を主とするなり。一を主とすれば則ち既に東に之かず、又西に之かず。是くの如くんば則ち只だ是れ中なり。既に此に之かず、又彼に之かず。是くの如くんば則ち只だ是れ内なり。此を存すれば則ち自然に天理明らかなり。学者は須らく是れ「敬以て内を直くす」を将て此の意を涵養すべし。内を直くするは是れ本なり。邪を閑げば則ち固より一なり。然れども一を主とすれば則ち邪を閑ぐを言ふを消ひず。一を以て見難く、工夫を下すべからずと為す有り、如何。一とは他無し、只だ是れ整斉厳粛なれば、則ち心便ち一なり。一なれば則ち自ら是れ非僻の干無し。此の意但だ之を涵養すること久しければ、則ち天理自然に明らかなり。未だ感ぜざる時は何の寓する所を知ると言ふ有り。曰く、「操れば則ち存し、舎つれば則ち亡び、出入時無く、其の郷を知る莫し」、更に怎生にか寓する所を尋ねん。只だ是れ操る有るのみ。之を操るの道は、「敬以て内を直くす」なり。敬なれば則ち自ら虚静なり。虚静を把りて喚びて敬と做すべからず。学者の先務は、固より心志に在り。然れども聞見知思を屏去せんと欲すると謂ふ有るは、則ち是れ「聖を絶ち智を棄つ」なり。思慮を屏去せんと欲して、其の紛乱を患ふる有れば、則ち須らく坐禅入定すべし。明鑑此に在りて、万物畢く照らすが如きは、是れ鑑の常なり。之をして照らさざらしめ為し難し。人心は万物に交感せざる能はず、之をして思慮せざらしめ為し難し。若し此を免れんと欲せば、惟だ是れ心に主有るのみ。如何にして主と為す。敬のみ。主有れば則ち虚なり。虚とは邪入る能はざるを謂ふ。主無ければ則ち実なり。実とは物来たりて奪ふを謂ふ。大凡人心は二用すべからず。一事に用ふれば、則ち他事更に入る能はざるは、事之が主と為ればなり。
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『洗心洞箚記』卷下・第百三條是に於て又詩を賦す。詩に曰く、四明独り湖東を尽くすのみならず、西のかた洛城を眺むれば眼界空し。人家十万塵喧絶え、只だ聴く一禽の冷風に歌ふを、と(最高は夏と雖も気秋末の如し)。胸中益々灑灑然として、一点の渣滓無きを覚ゆ。因りて謂ふ、吾が輩纔かに其の境に即きて、良知を呼び起こし、誠敬を存すれば、猶且つ至険を忘れ了り、而して嶽に登りて再び万死の処を顧みると雖も、心寒え股慄せず、而して湛湛悠悠として、却って聖人と同じきの興を心得たり。而るを況んや伊川先生の如き、昼夜に通じ、語黙を徹して、誠敬を存すれば、則ち其の謂ふ「堯舜の事と雖も、只だ是れ太虚中の一点の浮雲の日を過ぐるが如し」とは、実見にして虚論に非ざること、断じて知るべし。因りて適々先生の涪州の水厄を記し、遂に又余が湖上の事に及ぶ。此れ比べて参へ言ふに非ざるなり。只だ人をして良知を致すは即ち是れ誠敬を為すことにして、誠敬を存すれば則ち良知照照然として日月の如く、初めより二致無きことを知らしめんと欲するのみ。故に詳らかに述べて以て同志に告ぐ。従ふ所の門人は、白履、松誠之なり。
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『洗心洞箚記』卷下・第九十一條是の故に賢愚と無く、学に志せば、則ち断じて是を以て準的と為す。則ち康荘大道の上を行くの人にして、邪径曲路を踏む者に非ざるなり。而して其の成不成も亦命なるのみ。君子は命を云はず、只義を以て主と為す。則ち誠を以て準的と為す、義焉より大なるは莫し。陽明先生曰く、大学の要は、誠意のみと。此を以てなり。而して程朱居敬窮理の工も、要するに亦誠に帰するのみ。豈に他有らんや。而して其の学者静坐し、其の子陽辟して書を読み、其の勤惰を知らず、或いは冊子の上に放著して、心を治むるの工を知らず。是れ皆其の末学の弊なり。程朱の学にして安んぞ之有らんや。故に湯潜菴先生曰く、宋儒は主敬を言ふ。陽明は学者の一の敬の字を執著呆守するに過ぎて、反つて是れ不敬なるを恐る。故に人に教へて只良知を提醒せしむ。吾謂へらく、良知を昏まさざる者は、敬なり。敬の執著せざる所の者は、良知なりと。要するに誠に帰するを以て準的と為して問学すれば、則ち主敬と曰ふも亦可なり、致良知と曰ふも亦可なり。否ずんば則ち博学浩聞も、即ち門外の乞児なり。反観内省も、即ち葱嶺の髡徒なり。豈に道を学ぶと曰はんや。
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『洗心洞箚記』卷上・第百五十三條敬の斯須も離るべからざるや、愚かなる読書者と雖も則ち皆之を知る。然れども人徒に敬を倡へて、其の道を尽くさざれば、則ち却つて不敬なり。夫れ敬の体用は、徹して大なり。易に曰く、「敬以て内を直くす」と。大学に曰く、「敬して止まる」と。曲礼に曰く、「敬せざること毋れ、儼として思ふが如くし、辞を安定にせば、民を安んぜんかな」と。是の故に敬と云へば、則ち心直し、心至善に止まる。然る後其の体立つ。容貌常に惰廃暴慢の状有るべからず、言辞常に過黙多言と戯謔の失有るべからず、而して家人常に猥雑乱濁の行無し。然る後其の用行はる。是に於て始めて敬を尊ぶと謂ふべきのみ。否ざれば則ち口に敬して、内外倶に其の実無し。之を敬と謂ひて可ならんや。故に吾輩真に工夫を此の一字に用ふれば、則ち身修まりて家斉ふに庶幾からん。
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『呻吟語』内篇・談道・敬は人を擇ばず、事を擇ばず、時を擇ばず或ひと敬の道を問ふ。曰く、「外面整齊嚴肅、内面齊莊中正なるは、是れ靜時涵養底の敬なり。書を讀めば則ち心讀む所に在り、事を治むれば則ち心治むる所に在るは、是れ主一無適底の敬なり。門を出づれば大賓を見るがごとく、民を使ふには大祭を承くるがごとくなるは、是れ隨事小心底の敬なり」と。或ひと曰く、「若し笑談歌詠、宴息造次の時ならば、恐らくは是くのごとくんば則ち矜持して泰然ならざらん」と。曰く、「敬は端嚴を以て體と為し、虛活を以て用と為し、正を離れざるを以て主と為す。齋日に衣冠して寢ぬるは、祭る所の者を夢寐すればなり。齋せざるの寢は、則ち衣を解き冕を脫ぐ。未だ衣冕を釋きて敬を持する者有らず。然り而して心邪僻に流れず、事道義に詭らざれば、則ち其の敬為るを害せず。君若し專ら端嚴の上に去きて敬を求めば、則ち鋤を荷ひ畚を負ひ、轡を執り車を御し、鄙事賤役、古の聖賢も皆之を為せり。豈に能く日日手容恭しく足容重からんや。又孔子の肱を曲げ掌を指し、及び居るに容らざる、點の沂に浴するがごときも、何ぞ其の敬為るを害せんや。大端心と正と依り、事と道と合へば、端嚴に拘拘たらずと雖も、其の敬為るを害せず。苟くも心千里に游び、意百欲を逐ひて、此の身は卻つて兀然として端嚴に此に在らば、這れは敬なりや否や。譬へば謹んで避け深く藏れ、燭を秉り珮を鳴らし、緩やかに步み輕く聲するは、女教の『内則』原と是くのごとし。貞信を養ふ所以なり。若し饁婦汲妻及び顛沛奔走の際に當たらば、自ら是れ迴避し得ず。然り而して貞信の守は深藏謹避する者と同じ。是れ何ぞ其の女教為るを害せんや。是の故に敬は人を擇ばず、敬は事を擇ばず、敬は時を擇ばず、敬は地を擇ばず。只だ個の心と正と依り、事と道と合ふを要するのみ」と。
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