導師導古典を学びたいすべての人に

洗心洞箚記 / 卷上・第百七十八條

今提一事以驗之、趙高欲爲亂、恐羣臣不聽、乃先設驗、持鹿獻於二世曰、馬也、二世笑曰、丞相誤耶、謂鹿爲馬、問左右、或默、或言馬、以阿順趙高、或言鹿者、高因陰中諸言鹿者以法、後羣臣皆恐高矣、夫事物之移心目、於此可見矣、若聖人而處此事、則與平生亦奚異、只謂鹿而不欺君與心而已矣、或曰、彼羣臣未必皆言馬、或有默者焉、或有徑言鹿而不欺君與心者焉、而在其不欺君與心者、則趙高陰中之以法、以法則必見殺矣、雖聖人徑言鹿、乃與彼同見殺矣耶、曰夫默者與言馬者、特五十步百步間焉耳、不足深辨、至言鹿而見殺者、不有辨、則誰解其惑哉、

新字:今提一事以験之、趙高欲為乱、恐羣臣不聴、乃先設験、持鹿献於二世曰、馬也、二世笑曰、丞相誤耶、謂鹿為馬、問左右、或黙、或言馬、以阿順趙高、或言鹿者、高因陰中諸言鹿者以法、後羣臣皆恐高矣、夫事物之移心目、於此可見矣、若聖人而処此事、則与平生亦奚異、只謂鹿而不欺君与心而已矣、或曰、彼羣臣未必皆言馬、或有黙者焉、或有径言鹿而不欺君与心者焉、而在其不欺君与心者、則趙高陰中之以法、以法則必見殺矣、雖聖人径言鹿、乃与彼同見殺矣耶、曰夫黙者与言馬者、特五十歩百歩間焉耳、不足深弁、至言鹿而見殺者、不有弁、則誰解其惑哉、

書き下し

今一事を提げて以て之を験さん。趙高乱を為さんと欲し、群臣の聴かざるを恐れ、乃ち先づ験を設け、鹿を持して二世に献じて曰く、「馬なり」と。二世笑ひて曰く、「丞相誤れるか、鹿を謂ひて馬と為す」と。左右に問ふ、或は黙し、或は馬と言ひて、以て趙高に阿順す。或は鹿と言ふ者、高因りて陰かに諸の鹿と言ふ者を中つるに法を以てす。後群臣皆高を恐る。夫れ事物の心目を移すこと、此に於て見るべし。若し聖人にして此の事に処らば、則ち平生と亦奚ぞ異ならん。只鹿と謂ひて君と心とを欺かざるのみ。或ひと曰く、彼の群臣未だ必ずしも皆馬と言はず、或は黙する者有り、或は径ちに鹿と言ひて君と心とを欺かざる者有り。而して其の君と心とを欺かざる者に在りては、則ち趙高陰かに之を中つるに法を以てす、法を以てすれば則ち必ず殺さる。聖人と雖も径ちに鹿と言はば、乃ち彼と同じく殺されんかと。曰く、夫の黙する者と馬と言ふ者とは、特に五十歩百歩の間のみ、深く弁ずるに足らず。鹿と言ひて殺さるる者に至りては、弁ずること有らずんば、則ち誰か其の惑ひを解かんや。

現代語訳

いま一つの事を挙げてこれを確かめよう。趙高は乱をなそうとして、群臣が従わないのを恐れ、まず試しを設けて、鹿を二世皇帝に献じて「馬です」と言った。二世は笑って「丞相は間違えたのか、鹿を馬と言うとは」と言った。左右の者に問うと、ある者は黙り、ある者は馬と言って趙高におもねった。ある者は鹿と言ったが、趙高はそのために鹿と言った者たちをひそかに法にかけて罪に陥れた。その後、群臣は皆趙高を恐れた。物事が人の心と目を移してしまうことが、ここに見てとれる。もし聖人がこの事に当たったなら、ふだんと何の違いもないだろう。ただ鹿と言って、君主と自分の心を欺かないだけである。ある人が言った。「あの群臣は必ずしも皆が馬と言ったわけではなく、黙った者もいれば、すぐに鹿と言って君主と自分の心を欺かなかった者もいた。そして君主と心を欺かなかった者は、趙高がひそかに法にかけて罪に陥れた。法にかければ必ず殺される。聖人であってもすぐに鹿と言えば、やはり彼らと同じく殺されるのではないか。」私は答えた。黙った者と馬と言った者とは、ただ五十歩百歩の違いにすぎず、深く論じるに足りない。鹿と言って殺された者については、論じなければ誰がその惑いを解けようか。

解説

ここで中斎は、『史記』秦始皇本紀に見える「鹿を指して馬と為す」の故事を挙げる。趙高が鹿を馬と言って群臣を試し、黙る者、馬と言って迎合する者、鹿と言って後に罪に陥れられた者に分かれた。聖人ならふだんどおり鹿と言い、君と心を欺かないだけだという。これに対し、鹿と言った正直者も殺されたのだから聖人も同じではないかという反問が出される。中斎は黙る者と迎合する者は五十歩百歩だと退け、本当に論ずべきは正直に言って殺された者だとする。権力者の顔色をうかがう沈黙もまた迎合だという指摘は、今の組織にも厳しく響く。

この章句が説くこと

正直迎合欺かず権力良知趙高

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る