洗心洞箚記 / 卷上・第百四十一條
人七尺之軀、而具於天地萬物之理、立志則其道張而行焉、失志則其道翕而亡焉、所以使亡者、富貴貧賤、所以使行者、學問力行、人禽於此乎岐矣、賢愚於此乎判矣、年壽如馳、各能努力、質諸前哲、而前哲亦云爾也、
新字:人七尺之躯、而具於天地万物之理、立志則其道張而行焉、失志則其道翕而亡焉、所以使亡者、富貴貧賤、所以使行者、学問力行、人禽於此乎岐矣、賢愚於此乎判矣、年寿如馳、各能努力、質諸前哲、而前哲亦云爾也、
書き下し
人は七尺の躯にして、天地万物の理を具ふ。志を立つれば則ち其の道張りて行はれ、志を失へば則ち其の道翕まりて亡ぶ。亡ぼさしむる所以の者は、富貴貧賤なり。行はしむる所以の者は、学問力行なり。人禽は此に岐れ、賢愚は此に判る。年寿は馳するが如し、各々能く努力せよ。諸を前哲に質すに、前哲も亦爾か云ふなり。
現代語訳
人は七尺の身でありながら、天地万物の理を備えている。志を立てればその道は張り広がって行われ、志を失えばその道は縮んで滅びる。滅びさせるのは富貴と貧賤である。行わせるのは学問と力行である。人と禽獣はここで分かれ、賢と愚はここで分かれる。年月は馬が駆けるように過ぎていく。それぞれよく努力せよ。これを先哲に問いただしても、先哲もまたそう言っている。
解説
人の小さな身体に天地万物の理が備わり、志を立てればその道が張り広がり、志を失えば縮んで消える、と説く。志を失わせるのは富貴と貧賤、つまり豊かさへの耽溺と貧しさへの屈服であり、志を行わせるのは学問と力行である。人と禽獣、賢と愚の分かれ目はここにあると言い、年月は駆けるように過ぎるから努力せよと門人を励ます。洗心洞の塾で門人に語りかける中斎の声が聞こえるような条である。境遇の良し悪しに志を左右させず、学び続け行い続けることが、人生の分かれ道になる。
この章句が説くこと
立志志学問力行修己大塩中斎
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