洗心洞箚記 / 卷上・第百八條
惡紫之奪朱也、惡鄭聲之亂雅樂也、惡利口之覆邦家者、今有兩眼而不明者、好紫甚乎朱、有兩耳而不聰者、好鄭厭雅、有這心而不閑者、溺於利口、而屏遏忠告直言之人、此皆以習氣情欲蓋良知也、若蓋者除、則良知宛然出焉、然後惡之與聖人一般、否則雖窮書史富文章、猶好紫、好鄭、與溺於利口、未嘗異於凡俗人也、若人而在下、則必亡德矣、在上則不免於夫子之所戒也、嗚呼、此聖人之龜鑑、萬世不誣者也、
新字:悪紫之奪朱也、悪鄭声之乱雅楽也、悪利口之覆邦家者、今有両眼而不明者、好紫甚乎朱、有両耳而不聰者、好鄭厭雅、有這心而不閑者、溺於利口、而屏遏忠告直言之人、此皆以習気情欲蓋良知也、若蓋者除、則良知宛然出焉、然後悪之与聖人一般、否則雖窮書史富文章、猶好紫、好鄭、与溺於利口、未嘗異於凡俗人也、若人而在下、則必亡徳矣、在上則不免於夫子之所戒也、嗚呼、此聖人之亀鑑、万世不誣者也、
書き下し
紫の朱を奪ふを悪み、鄭声の雅楽を乱すを悪み、利口の邦家を覆す者を悪む。今両眼有りて明らかならざる者は、紫を好むこと朱よりも甚だし。両耳有りて聡ならざる者は、鄭を好みて雅を厭ふ。這の心有りて閑かならざる者は、利口に溺れて、忠告直言の人を屏遏す。此れ皆習気情欲を以て良知を蓋ふなり。若し蓋ふ者除かば、則ち良知宛然として出づ。然る後に之を悪むこと聖人と一般なり。否ずんば書史を窮め文章に富むと雖も、猶ほ紫を好み、鄭を好み、利口に溺るるがごとく、未だ嘗て凡俗の人に異ならざるなり。若し人にして下に在れば、則ち必ず徳を亡ふ。上に在れば則ち夫子の戒むる所を免れざるなり。嗚呼、此れ聖人の亀鑑にして、万世誣ひざる者なり。
現代語訳
(孔子は)紫が朱を奪うのを憎み、鄭の音楽が雅楽を乱すのを憎み、口のうまい者が国家を覆すのを憎んだ。いま、両目があっても明らかでない者は、紫を朱以上に好む。両耳があっても聡くない者は、鄭の音楽を好んで雅楽を嫌う。この心があっても落ち着いていない者は、口のうまさに溺れて、忠告や直言をする人を退ける。これはみな習い性や情欲で良知を覆っているのである。もし覆っているものを除けば、良知はありありと現れる。そのあとで、これらを憎むことは聖人と同じになる。そうでなければ、書物や史書を究め文章に富んでいても、なお紫を好み、鄭の音楽を好み、口のうまさに溺れるのと同じで、普通の俗人と少しも変わらない。そういう人が下の位にいれば必ず徳を失い、上の位にいれば夫子(孔子)の戒めたところを免れない。ああ、これは聖人の示した手本であり、万世にわたって偽りのないものである。
解説
この章句が説くこと
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