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洗心洞箚記 / 卷上・第三十二條

寸魚之口腮鬐鱗潛躍、與大鯉齊焉、小花爲蕚爲蕊、爲片爲香、猶有類於牡丹、識者於此當知語小天下莫能破焉之精微矣、故三千之儀、一不可缺者也、聖人與天地合德、於鄉黨之細微尤可見矣、

新字:寸魚之口腮鬐鱗潜躍、与大鯉斉焉、小花為蕚為蕊、為片為香、猶有類於牡丹、識者於此当知語小天下莫能破焉之精微矣、故三千之儀、一不可欠者也、聖人与天地合徳、於郷党之細微尤可見矣、

書き下し

寸魚の口腮鬐鱗潜躍は、大鯉と斉し。小花の蕚為り蕊為り、片為り香為るは、猶ほ牡丹に類する有り。識者此に於て当に小を語れば天下も能く破る莫しの精微を知るべし。故に三千の儀、一も欠くべからざる者なり。聖人の天地と徳を合はすは、郷党の細微に於て尤も見るべし。

現代語訳

一寸ほどの小魚の口やえら、ひれやうろこ、潜ったり躍ったりするさまは、大きな鯉と同じである。小さな花が萼となり蕊となり、花びらとなり香りとなるさまは、牡丹に似ている。識者はここで、「小ささを言えば、天下もこれを割ることができない」(『中庸』)という精微を知るべきである。だから三千の細かな儀礼は、一つも欠かしてはならないものである。聖人が天地と徳を一つにしていることは、『論語』郷党篇に描かれる細やかな振る舞いに、とりわけよく見ることができる。

解説

第五条の「大を語れば天下も載する莫し」と対をなし、『中庸』の「小を語れば天下も破る莫し」を説く。小魚にも大鯉と同じ口や鰭が備わり、小さな花にも牡丹と同じ萼や蕊がある。だから礼の三千の細目も一つとして欠けてはならず、聖人の徳は『論語』郷党篇の細やかな立ち居振る舞いにこそ見えるという。太虚は大きいだけでなく、最も小さなものにも満ちている。挨拶や約束の時間といった小さな所作に、その人の全体が表れるという考えに通じる。

この章句が説くこと

太虚礼中庸聖人細微論語

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