潜夫論 / 誌氏姓
或複分為古氏、成氏、常(堂)氏、開氏、公氏、冶氏、梁氏、周氏,此數氏者,皆本同末異。凡姓之離合變分,固多此類,可以一況,難勝載也。易曰:「君子以類族辯物」,多識前言往行,以蓄其德,「學以聚之,問以辯之」。故略觀世記,采經書,依國土,及有明文,以讚賢聖之後,班族類之祖,言氏姓之出,序此假意二篇,以貽後賢今之焉也。
新字:或複分為古氏、成氏、常(堂)氏、開氏、公氏、冶氏、梁氏、周氏,此数氏者,皆本同末異。凡姓之離合変分,固多此類,可以一況,難勝載也。易曰:「君子以類族弁物」,多識前言往行,以蓄其徳,「学以聚之,問以弁之」。故略観世記,采経書,依国土,及有明文,以讃賢聖之後,班族類之祖,言氏姓之出,序此仮意二篇,以貽後賢今之焉也。
書き下し
或いは復た分かれて古氏・成氏・常(堂)氏・開氏・公氏・冶氏・梁氏・周氏と為る、此の数氏は、皆本は同じくして末は異なる。凡そ姓の離合変分は、固より此の類多く、一を以て況う可く、載するに勝え難きなり。易に曰く、「君子は以て族を類し物を辯つ」と、多く前言往行を識り、以て其の徳を蓄う、「学以て之を聚め、問以て之を辯つ」と。故に略ぼ世記を観、経書を采り、国土に依り、明文有るに及びて、以て賢聖の後を讃え、族類の祖を班ち、氏姓の出ずるを言い、此の仮意二篇を序し、以て後賢今の焉に貽すなり。
現代語訳
あるいは再び分かれて、古氏、成氏、常(堂)氏、開氏、公氏、冶氏、梁氏、周氏となりました。これらの氏は、みなもとは同じで末が異なるものです。およそ姓が離れたり合わさったり変わったり分かれたりすることは、もとよりこうした例が多く、一つを例にして推し量ることができ、すべてを書き載せることは難しいのです。『易』に「君子は族を類別し物を弁別する」とあり、前人の言葉や行いを多く知って自らの徳を蓄え、「学んで知識を集め、問うてそれを弁別する」といいます。そこで私は世の記録を大まかに見渡し、経書から採り、国土に拠り、明らかな文があるものについて、賢人聖人の子孫を称え、同族の祖を並べ、氏姓の出どころを述べ、この仮意の二篇を序して、後世の賢者に残します。
解説
この章句が説くこと
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