潜夫論 / 交際
語曰:「人惟舊,器惟新。」昆弟世疏,朋友世親,此交際之理,人之情也。今則不然,多思遠而忘近,背故而向新。或曆載而益疏,或中路而相捐。悟先聖之典戒,負久要之誓言,斯何故哉?退而省之,亦可知也。勢有常趣,理有固然。富貴則人爭附之,此勢之常趣也;貧賤則爭去之,此理之固然也。夫與富貴交者,上有稱譽之用,下有貨財之益;與貧賤交者,大有賑貸之費,小有假借之損。今使官人雖兼桀蹠之惡,苟結駟而過士,士猶以榮而歸焉,況其實有益者乎?使處子雖苞顏閔之賢,苟被褐而造門,人猶以為辱而恐其復來,況其實有損者乎?故富貴易得宜,貧賤難得適。好服謂之奢僭,惡衣謂之困厄,徐行謂之饑餒,疾行謂之逃責,不候謂之倨慢,數來謂之求食,空造以為無意,奉贄以為欲貸,恭謙以為不肖,抗揚以為不得。此處子之羈薄,貧賤之苦酷也。
新字:語曰:「人惟旧,器惟新。」昆弟世疏,朋友世親,此交際之理,人之情也。今則不然,多思遠而忘近,背故而向新。或暦載而益疏,或中路而相捐。悟先聖之典戒,負久要之誓言,斯何故哉?退而省之,亦可知也。勢有常趣,理有固然。富貴則人争附之,此勢之常趣也;貧賤則争去之,此理之固然也。夫与富貴交者,上有称誉之用,下有貨財之益;与貧賤交者,大有賑貸之費,小有仮借之損。今使官人雖兼桀蹠之悪,苟結駟而過士,士猶以栄而帰焉,況其実有益者乎?使処子雖苞顔閔之賢,苟被褐而造門,人猶以為辱而恐其復来,況其実有損者乎?故富貴易得宜,貧賤難得適。好服謂之奢僭,悪衣謂之困厄,徐行謂之饑餒,疾行謂之逃責,不候謂之倨慢,数来謂之求食,空造以為無意,奉贄以為欲貸,恭謙以為不肖,抗揚以為不得。此処子之羈薄,貧賤之苦酷也。
書き下し
語に曰く、「人は惟れ旧きを、器は惟れ新しきを」と。昆弟は世びに疏く、朋友は世びに親しむは、此れ交際の理、人の情なり。今は則ち然らず、多く遠きを思いて近きを忘れ、故きに背きて新しきに向かう。或いは載を歴て益ます疏く、或いは中路にして相い捐つ。先聖の典戒を悟り、久要の誓言に負くは、斯れ何の故ぞや。退きて之を省みれば、亦た知る可きなり。勢には常趣有り、理には固然有り。富貴なれば則ち人は争いて之に附く、此れ勢いの常趣なり。貧賤なれば則ち争いて之を去る、此れ理の固然なり。夫れ富貴と交わる者は、上には称誉の用有り、下には貨財の益有り。貧賤と交わる者は、大には賑貸の費有り、小には仮借の損有り。今、官人をして桀蹠の悪を兼ぬと雖も、苟くも駟を結びて士を過ぐれば、士は猶お栄を以て焉に帰す、況んや其の実に益有る者をや。処子をして顔閔の賢を苞むと雖も、苟くも褐を被て門に造れば、人は猶お以て辱と為して其の復た来るを恐る、況んや其の実に損有る者をや。故に富貴は宜しきを得易く、貧賤は適うを得難し。好服は之を奢僭と謂い、悪衣は之を困厄と謂い、徐行は之を飢餒と謂い、疾行は之を逃責と謂い、候せざるは之を倨慢と謂い、数しば来るは之を求食と謂い、空しく造るは以て意無しと為し、贄を奉ずるは以て貸さんと欲すと為し、恭謙は以て不肖と為し、抗揚は以て得ずと為す。此れ処子の羈薄、貧賤の苦酷なり。
現代語訳
ことわざに、「人は古いのがよく、器は新しいのがよい」とあります。兄弟は世代を重ねるごとに疎くなり、友人は世代を重ねるごとに親しくなる、というのが交際の理であり、人の情です。ところが今はそうではなく、多くの人は遠くを思って近くを忘れ、古いものに背いて新しいものに向かいます。年を経てますます疎遠になる者もあれば、途中で見捨てる者もあります。先聖の教えを知りながら、久しい約束の誓いに背くのは、なぜでしょうか。退いて省みれば、理由は分かります。勢いには常に向かう方向があり、理には自然な成り行きがあります。富貴であれば人は争って寄りつきます。これは勢いの常です。貧賤であれば争って離れます。これは理の当然です。富貴な者と交われば、上は称賛の用があり、下は財貨の益があります。貧賤な者と交われば、大きくは救済の費えがあり、小さくは貸し借りの損があります。いま、官人が桀や蹠のような悪を併せ持っていても、四頭立ての馬車で士のもとを訪れれば、士はなおも栄誉としてそのもとに帰します。まして実際に益のある者ならなおさらです。逆に処士が顔回や閔子騫のような賢さを備えていても、粗末な服で門を訪ねれば、人は辱めと思い、再び来るのを恐れます。まして実際に損のある者ならなおさらです。だから富貴な者はふさわしい扱いを得やすく、貧賤な者は適した扱いを得にくいのです。よい服を着れば身分不相応と言われ、悪い服を着れば困窮と言われます。ゆっくり歩けば飢えていると言われ、速く歩けば責めを逃れていると言われます。訪ねなければ高慢と言われ、しばしば来れば食を求めに来たと言われます。手ぶらで訪ねれば心がないと見なされ、贈り物をすれば借金を頼みに来たと見なされます。へりくだれば不肖と見なされ、毅然としていれば志を得られないと見なされます。これが処士の拘束や薄遇、貧賤の苦しみの厳しさです。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』交際俗人の相い於けるや、利有れば親を生じ、親を積めば愛を生じ、愛を積めば是を生じ、是を積めば賢を生ず。情苟くも之を賢とすれば、則ち心の之に親しみ、口の之を誉むるを自覚せず。利無ければ疏を生じ、疏を積めば憎を生じ、憎を積めば非を生じ、非を積めば悪を生ず。情苟くも之を悪めば、則ち心の之を外にし、口の之を毀るを自覚せず。是の故に富貴は新なりと雖も、其の勢い日に親しみ、貧賤は旧なりと雖も、其の勢い日に除かる。此れ処子の官人と競う能わざる所以なり。世主は朋交の生ずる所を察せずして、苟くも貴臣の言を信ず。此れ潔士の独り隠翳し、奸雄の党して飛揚する所以なり。昔、魏其の客は武安に流れ、長平の吏は冠軍に移る。廉頗・翟公は、載ち盈ち載ち虚し。夫れ四君の賢を以て、旧貴の夙恩に藉るも、客すら猶お此くの若し。則ち又況んや貧賤に生まれし者をや。唯だ古烈の風、誌義の士のみ、然らずと為すのみ。恩の結ぶ所有れば、終身解くる無く、心の矜る所有れば、賤にして益ます篤し。《詩》に云う、「淑人君子、其の儀は一なり、心は結ぼるるが如し」と。故に歳寒くして然る後に松柏の後に凋むを知り、世隘くして然る後に其の人の篤固を知るなり。侯嬴・豫譲は、身を出して以て恩に報い、鱄諸・荊軻は、命を奮いて以て用を効す。
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『潜夫論』交際夫れ卑下の位に処り、北門の殷憂を懐き、内には妻子に謫められ、外には士夫に譏りを蒙る。嘉会に礼に従わず、餞禦に衆に逮ばず、貨財は以て好を合わするに足らず、力勢は以て急を杖くに足らず、歓忻して久しく交わるも、情好曠しくして接せざれば、則ち人は故無くして自ら廃疏す。漸く疏ければ、則ち賤者は逾いよ自ら嫌いて日びに引き、貴人は逾いよ党を務めて之を忘る。夫れ逾いよ疏き賤を以て、下流に伏して、日びに忘るる貴を望む、此れ谷風の内に摧傷する所以にして、介推の深山に赴く所以なり。夫れ利を交えて相い親しむは、害を交えて相い疏んず、是の故に長く捄いて誓い廃るるは、心に用無き者なり。交わり漸にして親しめば、必ず益有る者なり。
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『潜夫論』交際俗士は浅短にして、目前に急なり。赴くに益有るを見れば則ち先に至り、顧みて用無ければ則ち後に背く。是を以て速やかならんと欲するの徒は、上を推すに競いて下に接するに暇あらず、前を逐うに争いて後を恤うるに遑あらず。是の故に韓安国は能く田蚡に五百金を遺るも、一人の窮を賑わす能わず。翟方進は淳于長を称するも、一士を薦むる能わず。夫れ安国・方進は、前世の忠良なり。而るに猶お此くの若し。則ち又況んや末塗の下相をや。此れ奸雄の党を逐いて進み、処子の愈いよ擁蔽せらるる所以なり。明聖の君に非ざれば、孰か能く照察せん。且つ夫れ怨悪の生ずるは、二人の偶するが若し。苟くも相い対すれば、恩情相い向かい、其の意を推極し、精誠相い射し、心を貫き髄に達し、愛楽の隆んなること、軽々しく相い為に死す。是の故に侯生・豫子は頸を刎ねて恨みず。苟くも相い背けば、心情は乖牙し、其の意を推極し、分背して奔馳し、東を窮め西を極むるも、心尚お未だ決せず。是の故に陳餘・張耳は、老いて相い全滅して、感痛する無し。此れ従り観れば、交際の理、其の情大なり。
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『潜夫論』交際賈を治めて一倍し以て相い高ぶり、苟くも能く富貴なれば、狡悪を積むと雖も、争いて之を称誉して、終に非とせられず。苟くも貧賤に処れば、恭謹なるも秪だ不肖と為され、終に是とせられず。此れ俗化の浸く敗れ、礼義の消え衰うる所以なり。
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『潜夫論』交際独り朋友のみ然りと為すに非ず、君臣・夫婦も亦た猶お是くのごとし。其の歓ぶに当たりては、父子も間つる能わず、其の乖くに及びては、怨仇も先んずる能わず。是の故に聖人は常に微を慎み以て其の終わりを敦くす。富貴は未だ必ずしも重んずべからず、貧賤は未だ必ずしも軽んずべからず。人心は好みを同じくせず、度量は相い万億なり。許由は其の帝位を譲り、俗人は県職を争う有り。孟軻は禄万鍾を辞し、小夫は升食に貪る。故に曰く、鶉・鷃は群れ遊び、終日休まず、乱れ挙がり聚まり跱まり、蒿茆を離れず。鴻鵠は高く飛び、双びて別れ乖離し、千を通じ万に達して、志は陂池に在り。鸞鳳は黄曆の上に翱翔し、太清の中に徘徊し、景風に随いて飄颻し、時に抑揚して以て従容たり、意猶お未だ得ざるがごとく、喈喈然として長鳴し、蹶号し翼を振るい、朱雲を陵ぎ、斗極に薄り、陽露を呼吸し、旬を曠しくして食わず、其の意は尚お猶お嗛嗛如たり。三者は務めを殊にし、各おの為す所に安んず。是を以て伯夷は薇を采りて恨みず、巣父は木に棲みて自ら願う。斯れ由り諸れを観れば、士の志量は固より測度し難し。凡百の君子、未だ富貴を以て貧賤に驕り、貧賤の必ず我に屈すと謂うべからず。
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『潜夫論』交際嗚呼哀しいかな。凡そ今の人は、言は方にして行いは円、口は正しくして心は邪、行いは言と謬り、心は口と違う。古を論ずれば則ち夷・斉・原・顔を称するを知り、今を言えば則ち必ず官爵職位なり。虚談には則ち徳義を以て賢と為すを知り、貢薦には則ち必ず閥閲を前と為す。処子は躬に顔・閔の行いあり、性に労謙の質あり、伊・呂の才を秉り、民を救うの道を懐くと雖も、其の斯の世に資られざるや、亦た已に明らかなり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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