潜夫論 / 夢列
且凡人道,見瑞而修德者,福必成;見瑞而縱恣者,福轉為禍。見妖而驕侮者,禍必成;見妖而戒懼者,禍轉為福。是故大姒有吉夢,文王不敢康吉,祀於群神,然後占於明堂,並拜吉夢。修發戒懼,聞喜若憂,故能成吉以有天下。虢公夢見蓐收賜之土田,目以為有吉,因史嚚,令國賀夢,聞憂而喜,故能成凶以滅其封。《易》曰:「使知懼,又明於憂患與故。」凡有異夢感心,以及人之吉凶,相之氣色,無問善惡,常恐懼修省,以德迎之,乃乃其逢吉,天祿永終。
新字:且凡人道,見瑞而修徳者,福必成;見瑞而縦恣者,福転為禍。見妖而驕侮者,禍必成;見妖而戒懼者,禍転為福。是故大姒有吉夢,文王不敢康吉,祀於群神,然後占於明堂,並拝吉夢。修発戒懼,聞喜若憂,故能成吉以有天下。虢公夢見蓐収賜之土田,目以為有吉,因史嚚,令国賀夢,聞憂而喜,故能成凶以滅其封。《易》曰:「使知懼,又明於憂患与故。」凡有異夢感心,以及人之吉凶,相之気色,無問善悪,常恐懼修省,以徳迎之,乃乃其逢吉,天禄永終。
書き下し
且つ凡そ人道は、瑞を見て徳を修むる者は、福必ず成り、瑞を見て縦恣する者は、福転じて禍と為る。妖を見て驕侮する者は、禍必ず成り、妖を見て戒懼する者は、禍転じて福と為る。是の故に大姒に吉夢有り、文王敢えて吉に康んぜず、群神を祀り、然る後に明堂に占い、並びに吉夢を拝す。修発戒懼し、喜びを聞くも憂うるが若し、故に能く吉を成して以て天下を有つ。虢公は蓐収の之に土田を賜うを夢み見て、目して以て吉有りと為し、史嚚に因りて、国をして夢を賀せしめ、憂いを聞きて喜ぶ、故に能く凶を成して以て其の封を滅ぼす。『易』に曰く、「懼るるを知らしめ、又憂患と故に明らかなり」と。凡そ異夢の心を感ぜしめ、以て人の吉凶に及び、相の気色は、善悪を問う無く、常に恐懼修省し、徳を以て之を迎うれば、乃ち其れ吉に逢い、天禄永く終えん。
現代語訳
そもそも人の道として、めでたい兆しを見て徳を修める者は、福が必ず成り、めでたい兆しを見て好き勝手にふるまう者は、福が転じて禍となります。妖しい兆しを見て驕り侮る者は、禍が必ず成り、妖しい兆しを見て戒め畏れる者は、禍が転じて福となります。だから大姒に吉夢があったとき、文王は吉に安んじようとせず、多くの神々を祀り、そののちに明堂で占い、吉夢にそろって拝礼しました。身を正して戒め畏れ、喜びを聞いても憂えるかのようにしたので、吉を成し遂げて天下を保つことができたのです。虢公は蓐収が土地を賜う夢を見て、これを吉と見なし、史嚚の言に従って国中に夢を祝わせました。憂いを聞いて喜んだ結果、凶を招いてその領地を滅ぼしました。『易』に、「畏れることを知らせ、また憂患とその理由に明るくさせる」とあります。およそ異なる夢が心に感じられ、それが人の吉凶に及び、相の気色に現れたときは、善悪を問わず、常に恐れ慎み、身を省みて、徳をもって迎えれば、吉に出会い、天の禄は永く終わるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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徒然草・第167段一道に携はる人、あらぬ道の席に臨みて、「あはれ我が道ならましかば、かくよそに見侍らじものを。」といひ、心にも思へる事、常のことなれど、世にわろく覚ゆるなり。知らぬ道の羨ましく覚えば、「あな羨まし、などか習はざりけむ。」と言ひてありなむ。我が智を取り出でて人に争ふは、角あるものの角をかたぶけ、牙あるものの牙を噛み出す類なり。人としては善にほこらず、物と争はざるを徳とす。他に勝る事のあるは大きなる失なり。品の高さにても、才芸のすぐれたるにても、先祖の誉にても、人にまされりと思へる人は、たとひ詞に出でてこそいはねども、内心に若干の科あり。謹みてこれを忘るべし。をこにも見え、人にもいひけたれ、禍ひをも招くは、たゞこの慢心なり。一道にもまことに長じぬる人は、みづから明らかにその非を知るゆゑに、志常に満たずして、つひに物に誇ることなし。
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『正法眼蔵随聞記』巻四古人云く、奢て上賢にひとしからんと思ふことなかれ、賤ふして下賤にひとしからんと思ふことなかれと、云こゝろは、共に慢心なり、高ふしても下らんことを忘るゝことなかれ、安ふしても危からんことを忘るゝことなかれ、今日存するとも明日もと思ふことなかれ、死の至てちかくあやふきこと脚下にあり、
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『翁問答』下卷之本体充曰、魔境へおち入とは、いかやうなるを申候や。師の曰、或は贋の学問にふけり或は学問せざれども暗処に魔を来しぬれば、自満の心根かたくなり枝葉しげりて異風になり、人をば生るむしとも思はず、天下にわれをこすべきものなしと、人もゆるさぬ高満を鼻にあて、親おやかたの愚痴なるをさげしみおかしく思ひ、主君をそしり朋友をあざけりて、孝悌忠信の生道をさまたげ邪魔に相通じ悪魔と作法をあはするを魔境に陥ると云なり、うまれつき利根無欲けなげなる人此やまひ多し。
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史記 秦本紀其の秋、甘茂・庶長封をして宜陽を伐たしむ。四年、宜陽を抜き、首を斬ること六万。河を渉り、武遂に城く。魏の太子来朝す。武王力有りて戯を好む。力士任鄙・烏獲・孟説皆大官に至る。王孟説と鼎を挙げ、臏を絶つ。八月、武王死す。孟説を族す。武王魏の女を取りて后と為すも、子無し。異母弟を立つ。是を昭襄王と為す。昭襄の母は楚人にして、姓は羋氏、宣太后と号す。武王の死せし時、昭襄王燕に質為り。燕人送り帰し、立つを得たり。昭襄王の元年、厳君疾相と為る。甘茂出でて魏に之く。二年、彗星見る。庶長壮大臣・諸侯・公子と逆を為し、皆誅せらる。恵文后に及ぶまで皆良死を得ず。悼武王の后出でて魏に帰る。三年、王冠す。楚王と黄棘に会し、楚に上庸を与ふ。四年、蒲阪を取る。彗星見る。五年、魏王来たりて応亭に朝す。復た魏に蒲阪を与ふ。六年、蜀侯煇反き、司馬錯蜀を定む。庶長奐楚を伐ち、首を斬ること二万。涇陽君斉に質たり。日食し、昼晦し。七年、新城を抜く。樗里子卒す。八年、将軍羋戎をして楚を攻めしめ、新市を取る。斉は章子をして、魏は公孫喜をして、韓は暴鳶をして共に楚の方城を攻めしめ、唐眛を取る。趙中山を破り、其の君亡げ、竟に斉に死す。魏の公子勁・韓の公子長諸侯と為る。九年、孟嘗君薛文来たりて秦に相たり。奐楚を攻め、八城を取り、其の将景快を殺す。十年、楚の懐王入りて秦に朝す。秦之を留む。薛文金を以て免るるを受く。楼緩丞相と為る。十一年、斉・韓・魏・趙・宋・中山の五国共に秦を攻め、塩氏に至りて還る。秦韓・魏に河北及び封陵を与へて以て和す。彗星見る。楚の懐王走りて趙に之く。趙受けず、之を秦に還す。即ち死し、帰葬す。十二年、楼緩免ぜられ、穣侯魏冉相と為る。楚に粟五万石を予ふ。
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