潜夫論 / 夢列
夢或甚顯而無占,或甚微而有應,何也?曰:本所謂之夢者,困不了察之稱,而懵憒冒名也。故亦不專信以斷事。人對計事,起而行之,尚有不從,況於忘忽雜夢,亦可必乎?唯其時有精誠之所感薄,神靈之所告者,乃有占爾。是故君子之異夢,非妄而已也,必有事故焉。小人之異夢,非桀而已也,時有真祥焉。是以武丁夢獲聖而得傅說,二世夢白虎而滅其封。夫奇異之夢,多有故而少無為者矣。人一寢之夢,或屢遷化,百物代至,而其主不能究道之,故占者有不中也。此非古之罪也,乃夢者過也。或言夢審矣,而說者不能連類傳觀,故其惡有不驗也。此非書之罔,乃說之過也。是故占夢之難者,讀其書為難也。夫占夢,必謹其變故,審其徼候,內考情意,外考王相,即吉凶之符,善惡之效,庶可見也。
新字:夢或甚顕而無占,或甚微而有応,何也?曰:本所謂之夢者,困不了察之称,而懵憒冒名也。故亦不専信以断事。人対計事,起而行之,尚有不従,況於忘忽雑夢,亦可必乎?唯其時有精誠之所感薄,神霊之所告者,乃有占爾。是故君子之異夢,非妄而已也,必有事故焉。小人之異夢,非桀而已也,時有真祥焉。是以武丁夢獲聖而得傅説,二世夢白虎而滅其封。夫奇異之夢,多有故而少無為者矣。人一寝之夢,或屡遷化,百物代至,而其主不能究道之,故占者有不中也。此非古之罪也,乃夢者過也。或言夢審矣,而説者不能連類伝観,故其悪有不験也。此非書之罔,乃説之過也。是故占夢之難者,読其書為難也。夫占夢,必謹其変故,審其徼候,内考情意,外考王相,即吉凶之符,善悪之効,庶可見也。
書き下し
夢の或いは甚だ顕らかにして占無く、或いは甚だ微にして応有るは、何ぞや。曰く、本より夢と謂う所の者は、困しみて了察せざるの称にして、懵憒して名を冒すなり。故に亦た専ら信じて以て事を断ぜず。人の計事に対し、起ちて之を行うも、尚お従わざる有り、況んや忘忽雑夢に於いてをや、亦た必す可けんや。唯だ其の時に精誠の感薄する所、神霊の告ぐる所有る者のみ、乃ち占有るのみ。是の故に君子の異夢は、妄のみに非ざるなり、必ず事故有り。小人の異夢は、桀のみに非ざるなり、時に真の祥有り。是を以て武丁は聖を獲るを夢みて傅説を得、二世は白虎を夢みて其の封を滅ぼす。夫れ奇異の夢は、多く故有りて、為す無き者は少なし。人の一寝の夢は、或いは屢しば遷化し、百物代わる代わる至りて、其の主は能く之を究道せず、故に占者に中らざる有り。此れ古の罪に非ず、乃ち夢むる者の過ちなり。或いは夢を言うこと審らかなるも、説く者は類を連ねて伝観する能わず、故に其の悪の験あらざる有り。此れ書の罔きに非ず、乃ち説の過ちなり。是の故に夢を占うの難きは、其の書を読むを難しと為す。夫れ夢を占うには、必ず其の変故を謹み、其の徼候を審らかにし、内は情意を考え、外は王相を考えれば、即ち吉凶の符、善悪の効、庶わくは見る可けん。
現代語訳
夢には、はっきりしているのに占いが当たらないものがあり、ごくかすかなのに応じるものがあるのは、なぜでしょうか。答えます。そもそも夢と呼ばれるものは、疲れ果てて明らかに察することができないときの呼び名で、ぼんやりした状態に名がついたものです。だから、これだけを信じて事を決めることはしません。人が計画に向かい、立って実行しても、なお思いどおりにならないことがあるのに、まして忘れやすい雑多な夢が、必ず当たるはずがありません。ただ、まごころの感応があって、神霊の告げがある夢だけが、占いの対象になります。したがって君子の変わった夢は、でたらめにとどまらず、必ず事の由があります。小人の変わった夢も、荒唐無稽にとどまらず、ときに真の吉兆があります。こうして武丁は聖人を得る夢を見て傅説を得ましたし、二世は白虎の夢を見て領地を滅ぼしました。思うに奇異な夢は、理由があるものが多く、わけのないものは少ないのです。一晩の夢は、変化を繰り返し、さまざまな物が代わる代わる現れるので、見た本人がそれを突き詰められず、占う人が外すことがあります。これは昔の占いの罪ではなく、夢を見た者の過ちです。また、夢の内容が詳しくても、説明する者が類例を連ねて見通すことができないので、その悪い兆しが当たらないことがあります。これは書物に欠けがあるのではなく、説く者の過ちです。したがって夢占いが難しいのは、その書を読み解くことが難しいからです。夢を占うには、必ずその変わった出来事を慎重に調べ、その兆しをつまびらかにし、内には本人の心情を考え、外には五行の盛衰を考えれば、吉凶のしるしと善悪の験を、おそらく見て取れるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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論語・述而篇子の慎む所は、斉・戦・疾なり。
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