潜夫論 / 夢列
春夢發生,夏夢高明,秋冬夢熱藏。此謂應時之夢也。陰病夢寒,陽病夢熱,內病夢亂,外病夢發,百病之夢,或散或集。此謂氣之夢也。人之情心,好惡不同,或以此吉,或以此凶,當各自察,常古所從。此謂性情之夢也。故先有差忒者,謂之精,晝有所思,夜夢其事。乍吉乍善,凶惡不信者,謂之想。貴賤賢愚,男女長少,謂之人。風雨寒暑,謂之感。五行王相,謂之時。陰極即吉,陽極即凶,謂之反。觀其所疾,察其所夢,謂之病。心精好惡,於事驗,謂之性。凡此十者,占夢之大略也。而決吉凶者之類以多反,其何故哉?豈人覺為陽,人寐為陰,陰陽之務,相反故邪?此亦謂其不甚者爾。
新字:春夢発生,夏夢高明,秋冬夢熱蔵。此謂応時之夢也。陰病夢寒,陽病夢熱,内病夢乱,外病夢発,百病之夢,或散或集。此謂気之夢也。人之情心,好悪不同,或以此吉,或以此凶,当各自察,常古所従。此謂性情之夢也。故先有差忒者,謂之精,昼有所思,夜夢其事。乍吉乍善,凶悪不信者,謂之想。貴賤賢愚,男女長少,謂之人。風雨寒暑,謂之感。五行王相,謂之時。陰極即吉,陽極即凶,謂之反。観其所疾,察其所夢,謂之病。心精好悪,於事験,謂之性。凡此十者,占夢之大略也。而決吉凶者之類以多反,其何故哉?豈人覚為陽,人寐為陰,陰陽之務,相反故邪?此亦謂其不甚者爾。
書き下し
春の夢は発生、夏の夢は高明、秋冬の夢は熱藏す。此れ応時の夢と謂う。陰病は寒を夢み、陽病は熱を夢み、内病は乱を夢み、外病は発を夢み、百病の夢は、或いは散じ或いは集まる。此れ気の夢と謂う。人の情心は、好悪同じからず、或いは此を以て吉とし、或いは此を以て凶とす、当に各おの自ら察し、常に古より従う所なるべし。此れ性情の夢と謂う。故に先に差忒有る者は、之を精と謂い、昼に思う所有りて、夜に其の事を夢むるは、之を想と謂う。乍ち吉乍ち善にして、凶悪の信ならざる者は、之を想と謂う。貴賤賢愚、男女長少は、之を人と謂う。風雨寒暑は、之を感と謂う。五行の王相は、之を時と謂う。陰極まれば即ち吉、陽極まれば即ち凶なるは、之を反と謂う。其の疾む所を観、其の夢むる所を察するは、之を病と謂う。心精の好悪、事に於いて験あるは、之を性と謂う。凡そ此の十は、夢を占うの大略なり。而して吉凶を決する者の類は多く反するは、其れ何の故ぞや。豈に人の覚むるを陽と為し、人の寐ぬるを陰と為し、陰陽の務め、相い反するが故か。此れ亦た其の甚だしからざる者を謂うのみ。
現代語訳
春の夢は物の生じる様子を見せ、夏の夢は高く明るい様子を見せ、秋と冬の夢は熱が内にこもる様子を見せます。これを応時の夢といいます。陰の病は寒を夢み、陽の病は熱を夢み、内の病は乱れを夢み、外の病は発することを夢み、さまざまな病の夢は、散り散りになったり集まったりします。これを気の夢といいます。人の心は好みや嫌いが同じではなく、あるものを吉とする人もいれば凶とする人もいます。各自でよく考え、これまで従ってきたところを常に確かめるべきです。これを性情の夢といいます。こうしたことから、先にずれがあるものを精といい、昼に思ったことを夜に夢に見るのを想といいます。たちまち吉たちまち善となり、凶悪が確かでないものも想といいます。身分、賢愚、男女、年齢のちがいによるものを人といいます。風雨や寒暑によるものを感といいます。五行の盛衰によるものを時といいます。陰が極まれば吉、陽が極まれば凶となるのを反といいます。その人の病を見て、その夢を調べるのを病といいます。心の好き嫌いが事柄の上で験があるのを性といいます。およそこの十種が、夢を占うときの大まかな枠組みです。ところが吉凶を決める者の見立ては逆になることが多いのは、どういうわけでしょうか。人が目覚めているのを陽、眠っているのを陰とするので、陰陽の働きが逆になるからでしょうか。これも、あまり甚だしくないものについての話にすぎません。
解説
この章句が説くこと
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