潜夫論 / 相列
雖然,人之有骨法也,猶萬物之有種類,材木之有常宜。巧匠因象,各有所授。曲者宜為輿,檀宜作輻,榆宜作轂,此其正法通率也。若有其質,而工不材,可如何?故凡相者,能期其所極,不能使之必至。十種之地,膏壤雖肥,弗耕不獲;千里之馬,骨法雖具,弗策不致。夫觚而弗琢,不成於器;士而弗仕,不成於位。若此者,天地所不能貴賤,鬼神所不能貧富也。或王公孫子,仕宦終老,不至於穀。或庶隸廝賤,無故騰躍,窮極爵位。此受天性命,當必然者也。詩稱「天難忱斯」,性命之質,德行之招,參錯授不易者也。然其大要,骨法為主,氣色為候,五色之見,王廢有時。智者見祥,修善迎之,其有憂色,循行改尤。愚者反戾,不自省思,雖休征見相,福轉為災,於戲君子,可不敬哉。
新字:雖然,人之有骨法也,猶万物之有種類,材木之有常宜。巧匠因象,各有所授。曲者宜為輿,檀宜作輻,榆宜作轂,此其正法通率也。若有其質,而工不材,可如何?故凡相者,能期其所極,不能使之必至。十種之地,膏壤雖肥,弗耕不獲;千里之馬,骨法雖具,弗策不致。夫觚而弗琢,不成於器;士而弗仕,不成於位。若此者,天地所不能貴賤,鬼神所不能貧富也。或王公孫子,仕宦終老,不至於穀。或庶隸廝賤,無故騰躍,窮極爵位。此受天性命,当必然者也。詩称「天難忱斯」,性命之質,徳行之招,参錯授不易者也。然其大要,骨法為主,気色為候,五色之見,王廃有時。智者見祥,修善迎之,其有憂色,循行改尤。愚者反戻,不自省思,雖休征見相,福転為災,於戯君子,可不敬哉。
書き下し
然りと雖も、人の骨法有るは、猶お万物の種類有り、材木の常宜有るがごとし。巧匠は象に因り、各おの授くる所有り。曲なる者は輿と為すに宜しく、檀は輻と作すに宜しく、楡は轂と作すに宜し、此れ其の正法通率なり。若し其の質有りて、工の材とせざれば、如何す可けん。故に凡そ相る者は、能く其の極まる所を期するも、之をして必ず至らしむる能わず。十種の地は、膏壌肥ゆると雖も、耕さざれば獲ず、千里の馬は、骨法具わると雖も、策うたざれば致らず。夫れ觚にして琢かざれば、器を成さず、士にして仕えざれば、位を成さず。此くの若き者は、天地も貴賤する能わざる所、鬼神も貧富する能わざる所なり。或いは王公の孫子、仕宦して終に老ゆるも、穀に至らず。或いは庶隷廝賤、故無くして騰躍し、爵位を窮極す。此れ天性命を受け、当に必ず然るべき者なり。詩に「天は忱じ難し」と称するは、性命の質、徳行の招き、参錯して授くること易からざる者なり。然れども其の大要は、骨法を主と為し、気色を候と為し、五色の見るるは、王廃時有り。智者は祥を見れば、善を修めて之を迎え、其れ憂色有れば、行を循いて尤を改む。愚者は反戻し、自ら省思せず、休征の相に見るると雖も、福転じて災いと為る、於戯君子、敬せざる可けんや。
現代語訳
とはいえ、人に骨相があるのは、万物に種類があり、木材にそれぞれ適した用途があるのと同じです。腕のよい職人は木の形に従い、それぞれに用途を授けます。曲がった木は車の箱に、檀は車輪の輻に、楡は車輪の轂に向くというのが、その通則です。もし素質があっても職人が材として用いなければ、どうしようもありません。ですから人相を見る者は、その人が行き着く極みを予測することはできても、必ずそこに至らせることはできません。十種の作物を植える土地は、肥えていても耕さなければ収穫がなく、千里を行く馬も、骨相が備わっていても鞭打たなければ走りません。角のある器の素材も、磨かなければ器にならず、士も仕えなければ位を得られません。このような者は、天地も貴賤を決められず、鬼神も貧富を決められないものです。王公の子孫が仕官して老いるまで、穀にさえ至らない者がいます。一方で、身分の低い下僕が理由もなく躍進し、爵位を極める者もいます。これは天から性命を受けて、そうなるはずのものだからです。詩に「天は信じがたい」とあるのは、性命の素質と徳行の招きとが交錯して授けられ、一定しないことを言っています。それでも大要は、骨相を主とし、顔色を兆しとし、五色の現れには盛衰の時があります。知者は吉兆を見れば善を修めて迎え、憂いの色があれば行いを改めて過ちを正します。愚者は逆らい、自らを省みず、よい兆しが相に現れても、福は転じて災いとなります。ああ君子よ、慎まずにいられましょうか。
解説
この章句が説くこと
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史記 李斯列伝荀卿に辞して曰く、「斯聞く、時を得ては怠ること無かれと。今、万乗方に時を争ひ、游ぶ者事を主る。今、秦王天下を呑み、帝と称して治めんと欲す。此れ布衣の馳騖の時にして游説者の秋なり。卑賤の位に処りて計為さざる者は、此れ禽鹿の肉を視、人面にして能く彊ひて行く者のみ。故に詬は卑賤より大なるは莫く、而して悲しみは窮困より甚だしきは莫し。久しく卑賤の位、困苦の地に処り、世を非として利を悪み、自ら無為に託するは、此れ士の情に非ざるなり。故に斯将に西のかた秦王に説かんとす」と。秦に至り、会々荘襄王卒す。李斯乃ち求めて秦の相文信侯呂不韋の舎人と為る。不韋之を賢とし、任じて以て郎と為す。李斯因りて以て説くを得、秦王に説きて曰く、「胥人は、其の幾を去る。大功を成す者は、瑕釁に因りて遂に之を忍ぶに在り。昔者秦の穆公の霸たる、終に東のかた六国を并せざりし者は、何ぞや。諸侯尚ほ衆く、周の徳未だ衰へず。故に五伯迭ひに興り、更々周室を尊ぶ。秦の孝公より以来、周室卑微にして、諸侯相兼ね、関東を六国と為す。秦の勝に乗じて諸侯を役すること、蓋し六世なり。今諸侯秦に服すること、譬へば郡県の若し。夫れ秦の彊、大王の賢を以て、竈上を騒除するに由り、以て諸侯を滅ぼし、帝業を成し、天下を一統と為すに足る。此れ万世の一時なり。今怠りて急に就かずんば、諸侯復た彊く、相聚まりて従を約せば、黄帝の賢有りと雖も、并す能はざるなり」と。秦王乃ち斯を拝して長史と為し、其の計を聴き、陰かに謀士を遣はし金玉を齎持して以て諸侯に游説せしむ。諸侯の名士の財を以て下すべき者は、厚く遺りて之に結び、肯ぜざる者は、利剣もて之を刺す。其の君臣の計を離し、秦王乃ち其の良将をして其の後に随はしむ。秦王斯を拝して客卿と為す。会々韓人鄭国来たりて秦を間し、以て注漑渠を作る。已にして覚る。
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説苑・立節斉の崔杼荘公を弑す。邢蒯瞶晋に使いして反る。其の僕曰わく、「崔杼荘公を弑せり、子将に奚くにか如かんとす」と。邢蒯瞶曰わく、「之を駆れ、将に入りて死して君に報いん」と。其の僕曰わく、「君の無道なるや、四鄰の諸侯聞かざる莫し。夫子を以て之に死するは亦難からずや」と。邢蒯瞶曰わく、「善く能く言えり。然れども亦晩し。子早く我に言わば、我能く之を諫めん。諫めて聴かれずんば我能く去らん。今既に諫めず又去らず。吾聞く、其の禄を食む者は其の事に死すと。吾既に乱君の禄を食めり、又安んぞ君を治めて之に死するを得んや」と。遂に車を駆りて死に入る。其の僕曰わく、「人乱君有りて、人猶お之に死す。我治長有り、死する毋かる可けんや」と。乃ち轡を結びて車上に自刎す。君子之を聞きて曰わく、「邢蒯瞶節を守り義に死すと謂う可し。死は人の難んずる所なり。僕夫の死するや、未だ義に合う能わずと雖も、然れども亦志有るの意なり。詩に云う、『夙夜懈らず、以て一人に事う』と、邢生の謂いなり。孟子曰わく、『勇士は其の元を喪うを忘れず』と、僕夫の謂いなり」と。
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『墨子』尚賢下今、王公大人の其の富ます所、其の貴くする所は、皆な王公大人の骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者なり。今、王公大人の骨肉の親、故無くして富貴なる、面目美好なる者、焉くんぞ故に必ず知ならんや。若し知ならずして、其の國家を治めしめば、則ち其の國家の亂るること得て知る可きなり。今、天下の士君子は皆な富貴を欲して貧賤を惡む。然らば女、何を為して富貴を得て貧賤を辟けんとするか。曰く、王公大人の骨肉の親と為るに若くは莫し。王公大人の骨肉の親無く、故無くして富貴なる、面目美好なる者無きは、此れ學びて能くす可き者に非ざるなり。辯を知らざらしめ、徳行の厚きこと禹・湯・文・武の若きも加えて得られず、王公大人の骨肉の親は、蹙み瘖え聾し、暴なること桀・紂の若きも加えて失われず。是の故に賞を以て賢に當たらず、罰は暴に當たらず。其の賞する所の者は已に故無く、其の罰する所の者も亦た罪無し。是を以て百姓をして皆な心を攸れ體を解かしめ、沮みて以て善を為し、其の股肱の力を隳きて相い勞い來たらざらしめ、餘財を腐臭せしめて相い分ち資らざらしめ、良道を隠匿して相い教誨せざらしむ。此くの若くんば、則ち飢えたる者は推して之を上せざるを以てなり。
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論語・陽貨篇公山弗擾、費を以て畔く。召く。子往かんと欲す。子路説ばずして曰く、「之く末きのみ。何ぞ必ずしも公山氏に之れ之かん。」子曰く、「夫れ我を召く者は、豈に徒ならんや。如し我を用うる者有らば、吾其れ東周を為さんか。」
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史記 刺客列伝其の後百六十有七年にして呉に専諸の事有り。専諸は、呉の堂邑の人なり。伍子胥の楚を亡げて呉に如くや、専諸の能を知る。伍子胥既に呉王僚に見え、説くに楚を伐つの利を以てす。呉の公子光曰く、「彼の伍員は父兄皆楚に死して、員楚を伐つを言ふは、自ら私讎を報ぜんが為にせんと欲するなり。能く呉の為にするに非ず」と。呉王乃ち止む。伍子胥、公子光の呉王僚を殺さんと欲するを知り、乃ち曰く、「彼の光は将に内志有らんとす。未だ説くに外事を以てすべからず」と。乃ち専諸を公子光に進む。光の父を呉王諸樊と曰ふ。諸樊の弟三人、次を餘祭と曰ひ、次を夷眛と曰ひ、次を季子札と曰ふ。諸樊、季子札の賢なるを知りて太子を立てず、次を以て三弟に伝へ、卒に国を季子札に致さんと欲す。諸樊既に死し、餘祭に伝ふ。餘祭死し、夷眛に伝ふ。夷眛死し、当に季子札に伝ふべし。季子札逃げて立つを肯ぜず。呉人乃ち夷眛の子僚を立てて王と為す。公子光曰く、「兄弟の次を以てせしめば、季子当に立つべし。必ず子を以てせば、則ち光は真の適嗣なり、当に立つべし」と。故に嘗て陰かに謀臣を養ひて以て立たんことを求む。光既に専諸を得、善く客として之を待す。九年にして楚の平王死す。春、呉王僚、楚の喪に因りて、其の二弟公子蓋餘・属庸をして兵を将ゐて楚の灊を囲ましめ、延陵の季子をして晋に使ひせしめ、以て諸侯の変を観しむ。楚兵を発して呉将蓋餘・属庸の路を絶つ。呉兵還るを得ず。是に於て公子光専諸に謂ひて曰く、「此の時失ふべからず。求めずんば何をか獲ん。且つ光は真の王嗣なり、当に立つべし。季子来たると雖も、吾を廃せざるなり」と。専諸曰く、「王僚殺すべきなり。母老い子弱く、而して両弟兵を将ゐて楚を伐ち、楚其の後を絶つ。方今呉は外楚に困しみ、而して内空しくして骨鯁の臣無し。是れ我を如何ともする無し」と。
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尉繚子・武議良馬も策有れば、遠道致すべし。賢士も合有れば、大道明らかにすべし。
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