潜夫論 / 救邊
百姓新離舊懷,思慕未衰,易將厲也。誠宜因此遣大將誅討迫脅,離逖破壞之。如寬假日月,蓄積富貴,各懷安固之後,則難動矣。《周書》曰:「凡彼聖人,必趨時,是故戰守之策不可不早定也。」
新字:百姓新離旧懐,思慕未衰,易将厲也。誠宜因此遣大将誅討迫脅,離逖破壊之。如寛仮日月,蓄積富貴,各懐安固之後,則難動矣。《周書》曰:「凡彼聖人,必趨時,是故戦守之策不可不早定也。」
書き下し
百姓新たに旧懐を離れ、思慕未だ衰えず、将い厲ますに易きなり。誠に宜しく此に因りて大将を遣わし、迫脅せらるる者を誅討し、離逖し之を破壊すべし。如し日月を寛仮し、富貴を蓄積し、各おの安固を懐くの後ならば、則ち動かし難し。《周書》に曰く、「凡そ彼の聖人は、必ず時に趨く。是の故に戦守の策は早く定めざるべからざるなり」と。
現代語訳
民はまだ住み慣れた故郷を離れて間もなく、旧居への思慕も薄れていないので、奮い立たせやすい時です。まことに、この機会に大将を遣わし、脅されて従っている者たちを討ち、離間させ、その結びつきを崩すのがよいでしょう。もし日月を寛大に待ち、富貴を蓄えさせ、それぞれが安定した暮らしを抱くようになった後では、動かすのが難しくなります。『周書』に「聖人は必ず時に乗じて動く。だから戦うか守るかの策は、早く定めなければならない」とあります。
解説
短い段ですが、前段までの主張を「時機」の問題に収めています。賊に従った民がなお故郷を恋しく思っているうちなら、大将を遣わして彼らを切り離せる、という見立てです。時が経って相手が富と安定を得てしまえば、動かすことは難しくなると王符は警告します。『周書』の引用は、聖人は時に乗じて動くという原則で、戦うか守るかの方針を早く決めよと結びます。ここから現代へ引き出せるのは、問題への対応は初動が最も安く、基盤が固まるほど高くつくという点です。競合の新規参入や社内の不正も、芽のうちに手を打てるかどうかで難易度が大きく変わります。
この章句が説くこと
救辺時機初動決断先手潜夫論
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