潜夫論 / 愛日
今公卿始起州郡而致宰相,此其聰明智慮,未必闇也,患其苟先私計而後公義爾。詩云:「莫肯念亂,誰無父母。」今民力不暇,穀何以生?百姓不足,君孰與足?嗟哉!可無思乎!
新字:今公卿始起州郡而致宰相,此其聰明智慮,未必闇也,患其苟先私計而後公義爾。詩云:「莫肯念乱,誰無父母。」今民力不暇,穀何以生?百姓不足,君孰与足?嗟哉!可無思乎!
書き下し
今公卿は州郡に始めて起こりて宰相を致す。此れ其の聡明智慮、未だ必ずしも闇からざるも、其の苟くも私計を先にして公義を後にするを患うるのみ。詩に云う、「肯えて乱を念う莫し、誰か父母無からん」と。今民力暇あらず、穀何を以て生ぜん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。嗟哉、思う無かる可けんや。
現代語訳
今の公卿は、州郡から身を起こして宰相の位にまで至っています。その聡明さや思慮は、必ずしも暗いわけではありません。問題は、かりそめにも私的な損得を先にして、公の義を後にすることです。詩に「誰も乱れを案じようとしない。誰にだって父母はいるのに」とあります。今、民は力を尽くしても暇がなく、穀物がどうして育つでしょうか。民が足りていないのに、君主は誰と共に足りるのでしょうか。ああ、思わずにいられましょうか。
解説
前の段を受けて、愛日篇の結びの部分です。王符は、公卿は州郡の下積みから昇った人で、頭が悪いわけではないと認めたうえで、私の計算を先にして公の義を後にする姿勢を問題にします。民に暇がなければ穀物は育たず、民が足りなければ君主も足りないという論の運びは、民と上との一体性を示しています。現場を知って昇進した人でも、地位が上がると自分の利得を先に考えがちです。経営者や管理職は、能力の有無より、判断の順序が私か公かを自分に問う必要があります。
この章句が説くこと
愛日公義私計宰相民力潜夫論
関連する章句
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『潜夫論』愛日詩に云う、「王事盬き靡く、将父に遑あらず」と。言うこころは古は閑暇にして孝を行うを得、今は迫促にして養うを得ざるなり。孔子称す、庶ければ則ち之を富まし、既に富めば之を教うと。礼義は富足に生じ、盗窃は貧窮に起こる。富貴は寛暇に生じ、貧窮は日無きに起こる。聖人深く知る、力は乃ち民の本にして、国の基なり、故に省役に務めて民の為に日を愛しむ。是を以て堯は羲和に敕め、昊天に欽若い、敬みて民に時を授く。邵伯は訟え民を煩わすに忍びず、棠下に聴断し、能く時雍を興し、刑錯を致す。今は則ち然らず、万官民を撓し、令長自ら衒い、百姓桑を廃して府庭に趨く者は、朝晡に非ざれば通ずるを得ず、意気に非ざれば見ゆるを得ず。訟うるも訟えざるも輒ち月日を連ね、室を挙げて作を釈てて、以て相い瞻視し、辞人の家は、輒ち隣里を請い、応対送餉し、事の訖わるに比びて、竟に一歳の功を亡い、則ち天下独り其の饑を受くる者有り。而るに品人俗士の司典する者は、曾て覚らざるなり。郡県既に冤枉を加え、州司治めず、今家を破り活を求め、遠く公府に詣る。公府は真偽を昭察する能わず、則ち但だ罷めて以て久困の資を欲するのみ。故に猥りに一科の令を説き、此れ百日に注ぎ、乃ち書を移す。其れ百日に満たざれば、輒ち更に数を造り、甚だ邵伯訟棠の義に違う。此れ所謂詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして、達せざれば、多しと雖も亦た奚を以て為さんという者なり。
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『潜夫論』愛日国の国たる所以の者は、民有るを以てなり。民の民たる所以の者は、穀有るを以てなり。穀の豊かに殖ゆる所以の者は、人功有るを以てなり。功の能く逮ぶ所以の者は、日力を以てなり。国を治むるの日は舒びて以て長し、故に其の民閑暇にして力余り有り。国を乱すの日は促りて以て短し、故に其の民務めに困しみて力足らず。所謂国を治むるの日舒びて以て長しとは、羲和に謁して安行せしむるに非ず、又能く分度を増して漏刻を益すに非ず。乃ち君明察にして百官治まり、下は正に循いて其の所を得、則ち民安静にして力余り有り、故に日長きを視るなり。所謂国を乱すの日促りて以て短しとは、羲和に謁して疾駆せしむるに非ず、又能く分度を減じ漏刻を損するに非ず。乃ち君明らかならざれば、則ち百官乱れて奸宄興り、法令鬻られて役賦繁く、則ち希民は吏政に困しみ、仕うる者は典礼に窮し、冤民は獄に就きて乃ち直きを得、烈士は私に交わりて乃ち保たるを見る。奸臣は上に心を肆にし、乱化は下に流行す。君子は質を載せて車馳せ、細民は財を懐きて趨走す、故に日の短きを視るなり。
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