潜夫論 / 愛日
於上天感動,降災傷穀,但以人功見事言之,今自三府以下,至於縣道鄉亭,及從事督郵,有典之司,民廢農桑而守之辭訟告訴,及以官事應對吏者,一人之日廢十萬人,人復下計之,一人有事,二人獲餉,是為日三十萬人離其業也。以中農率之,則是歲三百萬口受其饑也。然則盜賊何從消,太平何從作?孝明皇帝嘗問:「今旦何得無上書者?」左右對曰:「反支故。」帝曰:「民既廢農,遠來詣闕,而復使避反支,是則又奪其日而冤之也。」乃敕公車受章,無避反支。上明聖主為民愛日如此,而有司輕奪民時如彼,蓋所謂有君無臣,有主無佐,元首聰明,股肱怠惰者也。詩曰:「國既卒斬,何用不監。」傷三公居人尊位,食人重祿,而曾不肯察民之盡瘁也。孔子病夫「未之得也,患不得之,既得之,患失之」者。
新字:於上天感動,降災傷穀,但以人功見事言之,今自三府以下,至於県道郷亭,及従事督郵,有典之司,民廃農桑而守之辞訟告訴,及以官事応対吏者,一人之日廃十万人,人復下計之,一人有事,二人獲餉,是為日三十万人離其業也。以中農率之,則是歳三百万口受其饑也。然則盗賊何従消,太平何従作?孝明皇帝嘗問:「今旦何得無上書者?」左右対曰:「反支故。」帝曰:「民既廃農,遠来詣闕,而復使避反支,是則又奪其日而冤之也。」乃勅公車受章,無避反支。上明聖主為民愛日如此,而有司軽奪民時如彼,蓋所謂有君無臣,有主無佐,元首聰明,股肱怠惰者也。詩曰:「国既卒斬,何用不監。」傷三公居人尊位,食人重禄,而曽不肯察民之尽瘁也。孔子病夫「未之得也,患不得之,既得之,患失之」者。
書き下し
上天の感動して、災いを降し穀を傷つくるは、但だ人功の見事を以て之を言わば、今三府より以下、県道郷亭に至るまで、及び従事督郵、典有るの司に、民は農桑を廃して辞訟告訴を守り、及び官事を以て吏に応対する者、一人の日は十万人を廃す。人復た下りて之を計るに、一人事有れば、二人餉を獲、是れ日に三十万人其の業を離るると為すなり。中農を以て之を率うれば、則ち是れ歳に三百万口其の饑えを受くるなり。然らば則ち盗賊何くよりか消えん、太平何くよりか作らん。孝明皇帝嘗て問う、「今旦何ぞ上書する者無きを得る」と。左右対えて曰く、「反支の故なり」と。帝曰く、「民既に農を廃し、遠く来たりて闕に詣る。而るに復た反支を避けしむるは、是れ則ち又た其の日を奪いて之を冤するなり」と。乃ち公車に敕して章を受け、反支を避くる無からしむ。上は明聖の主、民の為に日を愛すること此くの如し。而るに有司の軽々しく民の時を奪うこと彼の如き、蓋し所謂君有りて臣無く、主有りて佐無く、元首は聡明にして、股肱は怠惰なる者なり。詩に曰く、「国既に卒く斬たる、何を用てか監ざる」と。三公の人の尊位に居り、人の重禄を食みて、曾て民の尽く瘁るるを察せざるを傷むなり。孔子は「未だ之を得ざれば、之を得ざるを患え、既に之を得れば、之を失うを患う」という者を病む。
現代語訳
天が感応して災いを降し、穀物を損なうことはさておき、人の為す事の面だけで言うなら、今、三府から下は県・道・郷・亭に至るまで、また従事や督郵など、役目を持つ役所で、民は農作や養蚕をやめて訴訟や告訴に付き添い、役人に応対しています。一人の一日で十万人分の日が損なわれます。さらに下に降りて数えると、一人に用事があれば二人が食事を運ぶので、一日に三十万人が本業を離れることになります。中程度の農家で見積もれば、一年に三百万人が飢えを受けることになります。それでは盗賊がどこから消え、太平がどこから生まれるでしょうか。孝明皇帝はかつて尋ねました。「今朝はどうして上書する者がいないのか。」左右の者が答えました。「反支の日だからです。」帝は言いました。「民はすでに農事を捨て、遠くから宮門に来ている。それなのにまた反支を避けさせるのは、その日を奪って冤罪にするのと同じだ。」そこで公車に命じて、反支を避けずに上書を受けさせました。上では明らかで聖なる君主が民のためにこれほど日を惜しんでいるのに、役人が民の時間を軽々しく奪うのはあの有様です。いわゆる、君はいても臣がおらず、主はいても佐けがなく、頭は聡明でも手足が怠けている、ということです。詩に「国はすでに断たれようとしているのに、どうして見ようとしないのか」とあります。三公が人の上の尊い位にいて、重い禄を食みながら、民が疲れ果てているのを少しも察しないことを傷んだのです。孔子は「まだ手に入れないうちは手に入らないことを心配し、手に入れてしまうと失うことを心配する」という者を憂えました。
解説
この章句が説くこと
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『潜夫論』愛日詩に云う、「王事盬き靡く、将父に遑あらず」と。言うこころは古は閑暇にして孝を行うを得、今は迫促にして養うを得ざるなり。孔子称す、庶ければ則ち之を富まし、既に富めば之を教うと。礼義は富足に生じ、盗窃は貧窮に起こる。富貴は寛暇に生じ、貧窮は日無きに起こる。聖人深く知る、力は乃ち民の本にして、国の基なり、故に省役に務めて民の為に日を愛しむ。是を以て堯は羲和に敕め、昊天に欽若い、敬みて民に時を授く。邵伯は訟え民を煩わすに忍びず、棠下に聴断し、能く時雍を興し、刑錯を致す。今は則ち然らず、万官民を撓し、令長自ら衒い、百姓桑を廃して府庭に趨く者は、朝晡に非ざれば通ずるを得ず、意気に非ざれば見ゆるを得ず。訟うるも訟えざるも輒ち月日を連ね、室を挙げて作を釈てて、以て相い瞻視し、辞人の家は、輒ち隣里を請い、応対送餉し、事の訖わるに比びて、竟に一歳の功を亡い、則ち天下独り其の饑を受くる者有り。而るに品人俗士の司典する者は、曾て覚らざるなり。郡県既に冤枉を加え、州司治めず、今家を破り活を求め、遠く公府に詣る。公府は真偽を昭察する能わず、則ち但だ罷めて以て久困の資を欲するのみ。故に猥りに一科の令を説き、此れ百日に注ぎ、乃ち書を移す。其れ百日に満たざれば、輒ち更に数を造り、甚だ邵伯訟棠の義に違う。此れ所謂詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして、達せざれば、多しと雖も亦た奚を以て為さんという者なり。
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『潜夫論』愛日国の国たる所以の者は、民有るを以てなり。民の民たる所以の者は、穀有るを以てなり。穀の豊かに殖ゆる所以の者は、人功有るを以てなり。功の能く逮ぶ所以の者は、日力を以てなり。国を治むるの日は舒びて以て長し、故に其の民閑暇にして力余り有り。国を乱すの日は促りて以て短し、故に其の民務めに困しみて力足らず。所謂国を治むるの日舒びて以て長しとは、羲和に謁して安行せしむるに非ず、又能く分度を増して漏刻を益すに非ず。乃ち君明察にして百官治まり、下は正に循いて其の所を得、則ち民安静にして力余り有り、故に日長きを視るなり。所謂国を乱すの日促りて以て短しとは、羲和に謁して疾駆せしむるに非ず、又能く分度を減じ漏刻を損するに非ず。乃ち君明らかならざれば、則ち百官乱れて奸宄興り、法令鬻られて役賦繁く、則ち希民は吏政に困しみ、仕うる者は典礼に窮し、冤民は獄に就きて乃ち直きを得、烈士は私に交わりて乃ち保たるを見る。奸臣は上に心を肆にし、乱化は下に流行す。君子は質を載せて車馳せ、細民は財を懐きて趨走す、故に日の短きを視るなり。
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『潜夫論』愛日今公卿は州郡に始めて起こりて宰相を致す。此れ其の聡明智慮、未だ必ずしも闇からざるも、其の苟くも私計を先にして公義を後にするを患うるのみ。詩に云う、「肯えて乱を念う莫し、誰か父母無からん」と。今民力暇あらず、穀何を以て生ぜん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。嗟哉、思う無かる可けんや。
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『潜夫論』愛日武官の獄を断ずるも、亦た皆な始め枉げらるること小吏に見われ、終に冤を大臣に重ぬ。怨み故より未だ讎いず、輒ち赦令に逢いて、復た治むるを得ず。正士は冤結を懐きて信ぶるを得ず、猾吏は奸宄を崇びて痛く坐せられず。郡県の小民を侵し易き所以にして、天下の饑窮多き所以なり。
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『潜夫論』愛日孔子曰く、「訟を聴くは吾猶お人のごときなり」と。此に従りて之を観れば、中材以上は、皆曲直の辨を議し、刑法の理も可なり。郷亭の部吏は以て断決して、怨言無からしむるに足るも、然れども不なる所以の者は、蓋し故有るなり。伝に曰く、「直を悪み正を醜む、実に徒多し」と。夫れ直なる者は貞正にして志を撓げず、吏に恩無し。怨家の主を務むる者は、結ぶに貨財を以てし、故に郷亭は之に与し、直なる家を排す。後に反覆するの時、吏之に坐す、故に共に之を庭に枉ぐ。羸民を以て豪吏と訟えば、其の勢い如かず。是の故に県と部と並ぶ、後に反覆有れば、長吏之に坐す、故に県を挙げて之を郡に排す。一人を以て一県と訟えば、其の勢い如かず。故に郡と県と並ぶ、後に反覆有れば、太守之に坐す、故に郡を挙げて之を州に排す。一人を以て郡と訟えば、勢い如かざるなり。故に州と郡と並びて治めんことを肯んぜず、故に乃ち遠く公府に詣るのみ。公府察する能わず、而して苟くも銭刀を以て之を課せんと欲すれば、則ち貧弱にして貨少なき者は、終に已むこと無く旬を曠しくし祈を満たす。豪富にして銭饒かなる者は、客を取りて使い往かしめ、千日を盈たす可し、徒だ百のみに非ざるなり。訟を治むること此の若きを務めと為さば、豪猾を助けて貧弱を鎮むるなり、何の冤か之れ能く治めん。独り郷部の辞訟のみに非ざるなり。
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『潜夫論』邊議夫れ仁者は己を恕りて以て人に及ぼし、智者は功を講じて事に処す。今公卿内には士民の滅没の痛みを傷まず、外には久兵の禍を慮らず、各おの一切を懐い、前を避くるを脱る所とす。苟くも兵を動かすべからずと云い、復た帝王の綱維を引き、禍変の終る所を原ぬるを知らず。《易》は寇を禦ぐを製し、《詩》は薄伐を美す、古より戦有り、乃ち今に非ざるなり。伝に曰く、「天は五材を生じ、民並びに之を用う、一を廃すも不可なり、誰か能く兵を去らん。兵は不軌を威し、文徳を昭らかにする所以なり。聖人は以て興り、乱人は以て廃す」と。斉桓・晋文・宋襄は、衰世の諸侯なるも、猶お天下に相い滅ぼす有りて己救う能わざるを恥ず、況んや皇天の命ずる所の四海の主をや。晋・楚の大夫は、小国の臣なるも、猶お己の身に相い侵す有るを恥ず、況んや天子の三公の世任を典る者をや。公劉の仁徳は、広く行葦に被る、況んや血を含むの人、己と同類なるをや。一人籲嗟すれば、王道為に虧く、況んや滅没の民百万なるをや。《書》に曰く、「天子は民の父母と作る」と。父母の子に於けるや、豈に坐して其の寇賊の屠剥する所と為るを観、立ちて其の狗豕の啖食する所と為るを視るべけんや。其の仁恩を除くも、且つ計利を以て之を言わん。国は民を以て基と為し、貴は賤を以て本と為す。願わくは開辟以来、民危うくして国安き者は誰ぞ、上貧しくして下富む者は誰ぞを察せよ。故に曰く、夫れ君国は民を之れ以て将とす、民実に瘠せて君安んぞ肥ゆるを得んや。
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