潜夫論 / 愛日
國之所以為國者,以有民也;民之所以為民者,以有穀也;穀之所以豐殖者,以有人功也;功之所以能逮者,以日力也。治國之日舒以長,故其民間暇而力有餘;亂國之日促以短,故其民困務而力不足。所謂治國之日舒以長者,非謁羲和而令安行也,又非能增分度而益漏刻也。乃君明察而百官治,下循正而得其所,則民安靜而力有餘,故視日長也。所謂亂國之日促以短者,非謁羲和而令疾驅也,又非能減分度而損漏刻也。乃君不明,則百官亂而奸宄興,法令鬻而役賦繁,則希民困於吏政,仕者窮於典禮,冤民就獄乃得直,烈士交私乃見保。奸臣肆心於上,亂化流行於下。君子載質而車馳,細民懷財而趨走,故視日短也。
新字:国之所以為国者,以有民也;民之所以為民者,以有穀也;穀之所以豊殖者,以有人功也;功之所以能逮者,以日力也。治国之日舒以長,故其民間暇而力有余;乱国之日促以短,故其民困務而力不足。所謂治国之日舒以長者,非謁羲和而令安行也,又非能增分度而益漏刻也。乃君明察而百官治,下循正而得其所,則民安静而力有余,故視日長也。所謂乱国之日促以短者,非謁羲和而令疾駆也,又非能減分度而損漏刻也。乃君不明,則百官乱而奸宄興,法令鬻而役賦繁,則希民困於吏政,仕者窮於典礼,冤民就獄乃得直,烈士交私乃見保。奸臣肆心於上,乱化流行於下。君子載質而車馳,細民懐財而趨走,故視日短也。
書き下し
国の国たる所以の者は、民有るを以てなり。民の民たる所以の者は、穀有るを以てなり。穀の豊かに殖ゆる所以の者は、人功有るを以てなり。功の能く逮ぶ所以の者は、日力を以てなり。国を治むるの日は舒びて以て長し、故に其の民閑暇にして力余り有り。国を乱すの日は促りて以て短し、故に其の民務めに困しみて力足らず。所謂国を治むるの日舒びて以て長しとは、羲和に謁して安行せしむるに非ず、又能く分度を増して漏刻を益すに非ず。乃ち君明察にして百官治まり、下は正に循いて其の所を得、則ち民安静にして力余り有り、故に日長きを視るなり。所謂国を乱すの日促りて以て短しとは、羲和に謁して疾駆せしむるに非ず、又能く分度を減じ漏刻を損するに非ず。乃ち君明らかならざれば、則ち百官乱れて奸宄興り、法令鬻られて役賦繁く、則ち希民は吏政に困しみ、仕うる者は典礼に窮し、冤民は獄に就きて乃ち直きを得、烈士は私に交わりて乃ち保たるを見る。奸臣は上に心を肆にし、乱化は下に流行す。君子は質を載せて車馳せ、細民は財を懐きて趨走す、故に日の短きを視るなり。
現代語訳
国が国であるのは民がいるからです。民が民であるのは穀物があるからです。穀物が豊かに実るのは人の働きがあるからです。働きが及ぶのは日の力があるからです。国が治まっている日は伸びて長く、その民はゆとりがあって力に余裕があります。国が乱れている日は縮んで短く、その民は務めに苦しんで力が足りません。ここで言う、治まった国の日が長いというのは、羲和に頼んでゆっくり行かせるのでも、時間の目盛りを増やして漏刻を延ばすのでもありません。君主が明察で百官が治まり、下は正しさに従って所を得れば、民は安らいで力に余裕があり、それで日が長く見えるのです。乱れた国の日が短いというのは、羲和に頼んで急がせるのでも、目盛りを減らして漏刻を縮めるのでもありません。君主が明らかでなければ、百官が乱れて悪事が起こり、法令が売り買いされて役と税が重く、まれな善良な民も役人の政に苦しみ、仕える者も典礼に窮し、冤罪の民は獄に就いてやっと正しさが認められ、烈士は私情で交わってやっと保護されます。奸臣は上で思うままにふるまい、乱れた教化が下に流行します。君子は質を載せて車で急ぎ、小民は財を抱えて走り回ります。だから日が短く見えるのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『潜夫論』愛日上天の感動して、災いを降し穀を傷つくるは、但だ人功の見事を以て之を言わば、今三府より以下、県道郷亭に至るまで、及び従事督郵、典有るの司に、民は農桑を廃して辞訟告訴を守り、及び官事を以て吏に応対する者、一人の日は十万人を廃す。人復た下りて之を計るに、一人事有れば、二人餉を獲、是れ日に三十万人其の業を離るると為すなり。中農を以て之を率うれば、則ち是れ歳に三百万口其の饑えを受くるなり。然らば則ち盗賊何くよりか消えん、太平何くよりか作らん。孝明皇帝嘗て問う、「今旦何ぞ上書する者無きを得る」と。左右対えて曰く、「反支の故なり」と。帝曰く、「民既に農を廃し、遠く来たりて闕に詣る。而るに復た反支を避けしむるは、是れ則ち又た其の日を奪いて之を冤するなり」と。乃ち公車に敕して章を受け、反支を避くる無からしむ。上は明聖の主、民の為に日を愛すること此くの如し。而るに有司の軽々しく民の時を奪うこと彼の如き、蓋し所謂君有りて臣無く、主有りて佐無く、元首は聡明にして、股肱は怠惰なる者なり。詩に曰く、「国既に卒く斬たる、何を用てか監ざる」と。三公の人の尊位に居り、人の重禄を食みて、曾て民の尽く瘁るるを察せざるを傷むなり。孔子は「未だ之を得ざれば、之を得ざるを患え、既に之を得れば、之を失うを患う」という者を病む。
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『潜夫論』愛日詩に云う、「王事盬き靡く、将父に遑あらず」と。言うこころは古は閑暇にして孝を行うを得、今は迫促にして養うを得ざるなり。孔子称す、庶ければ則ち之を富まし、既に富めば之を教うと。礼義は富足に生じ、盗窃は貧窮に起こる。富貴は寛暇に生じ、貧窮は日無きに起こる。聖人深く知る、力は乃ち民の本にして、国の基なり、故に省役に務めて民の為に日を愛しむ。是を以て堯は羲和に敕め、昊天に欽若い、敬みて民に時を授く。邵伯は訟え民を煩わすに忍びず、棠下に聴断し、能く時雍を興し、刑錯を致す。今は則ち然らず、万官民を撓し、令長自ら衒い、百姓桑を廃して府庭に趨く者は、朝晡に非ざれば通ずるを得ず、意気に非ざれば見ゆるを得ず。訟うるも訟えざるも輒ち月日を連ね、室を挙げて作を釈てて、以て相い瞻視し、辞人の家は、輒ち隣里を請い、応対送餉し、事の訖わるに比びて、竟に一歳の功を亡い、則ち天下独り其の饑を受くる者有り。而るに品人俗士の司典する者は、曾て覚らざるなり。郡県既に冤枉を加え、州司治めず、今家を破り活を求め、遠く公府に詣る。公府は真偽を昭察する能わず、則ち但だ罷めて以て久困の資を欲するのみ。故に猥りに一科の令を説き、此れ百日に注ぎ、乃ち書を移す。其れ百日に満たざれば、輒ち更に数を造り、甚だ邵伯訟棠の義に違う。此れ所謂詩三百を誦し、之に授くるに政を以てして、達せざれば、多しと雖も亦た奚を以て為さんという者なり。
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『潜夫論』愛日今公卿は州郡に始めて起こりて宰相を致す。此れ其の聡明智慮、未だ必ずしも闇からざるも、其の苟くも私計を先にして公義を後にするを患うるのみ。詩に云う、「肯えて乱を念う莫し、誰か父母無からん」と。今民力暇あらず、穀何を以て生ぜん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。嗟哉、思う無かる可けんや。
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『潜夫論』愛日武官の獄を断ずるも、亦た皆な始め枉げらるること小吏に見われ、終に冤を大臣に重ぬ。怨み故より未だ讎いず、輒ち赦令に逢いて、復た治むるを得ず。正士は冤結を懐きて信ぶるを得ず、猾吏は奸宄を崇びて痛く坐せられず。郡県の小民を侵し易き所以にして、天下の饑窮多き所以なり。
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『潜夫論』本政凡そ人君の治は、陰陽を和するより大なるは莫し。陰陽は、天を以て本と為し、天心順なれば則ち陰陽和し、天心逆なれば則ち陰陽乖く。天は民を以て心と為し、民安楽なれば則ち天心順にして、民愁苦すれば則ち天心逆なり。民は君を以て統と為し、君の政善なれば則ち民和治し、君の政悪なれば則ち民冤乱す。君は恤民を以て本と為し、臣忠良なれば則ち君の政善にして、臣奸枉なれば則ち君の政悪なり。選を以て本と為し、選挙実なれば則ち忠賢進み、選虚偽なれば則ち邪党貢ぐ。選は法令を以て本と為し、法令正なれば則ち選挙実にして、法令詐なれば則ち選虚偽なり。法は君を以て主と為し、君法を信ずれば則ち法順い行われ、君法を欺けば則ち法委棄せらる。君臣法令の功は、必ず民に効わる。故に君臣法令善なれば、則ち民安楽にして、民安楽なれば則ち天心総べ、天心総ぶれば則ち陰陽和し、陰陽和すれば則ち五穀豊かに、五穀豊かにして民眉寿なり。民眉寿なれば則ち義に興り、義に興りて奸行無く、奸行無ければ則ち世平らかにして国家寧く、社稷安くして君尊栄なり。
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『潜夫論』務本夫れ天の道を用い、地の利を分ち、六畜は時に生じ、百物は野に聚まる、此れ国を富ます本なり。遊業末事以て民利を収むるは、此れ邦を貧しくする原なり。忠信謹慎は、此れ徳義の基なり。虚無譎詭は、此れ乱道の根なり。故に力田は国を富ます所以なり。今民農桑を去り、遊業に赴き、披いて衆利を采り、之を一門に聚む、私家に於いて富む有りと雖も、然れども公計は愈いよ貧し。百工は、器を備えしむる所の者なり。器は事に便なるを以て善と為し、膠固なるを以て上と為す。今工は雕琢の器を造るを好み、巧偽もて之を飾り、以て民を欺き賄を取る。物は用に任ずるを以て要と為し、堅牢なるを以て資と為す。今商は競いて無用の貨を鬻ぎ、極侈の弊を淫にし、以て民を惑わし産を取る、淫商に於いて得有りと雖も、然れども国計は愈いよ失う。此の三者は、外は勤力して家を富ますの私名有りと雖も、内は民を損ない国を貧しくするの公実有り。故に政を為す者は明らかに工商を督し、淫偽せしむること勿れ。遊業を困辱し、利を擅にせしむること勿れ。本農を寛仮して学士を寵遂すれば、則ち民富みて国平らかなり。夫れ教訓は、道術を遂げて徳義を崇ぶ所以なり。
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