潜夫論 / 班祿
故天之立君,非私此人也以役民,蓋以誅暴除害利黎元也。是以人謀鬼謀,能者處之。詩云:「皇矣上帝,臨下以赫,監觀四方,求民之瘼。惟此二國,其政不獲;惟此四國,爰究爰度。上帝指之,憎其式惡,乃眷西顧,此惟與度。」蓋此言也,言夏殷二國之政不得,乃用奢誇廓大。上帝憎之,更求民之瘼,聖人與天下四國究度而使居之也。前招良人,疾奢誇廓,無紀極也。乃惟度法象,明著禮祑,為優憲藝,縣之無窮。故傳曰:「制禮,上物不過十二,天之道也。」是以先聖籍田有制,供神有度,奉己有節,禮賢有數。上下、大小、貴賤、親疏,皆有等威,階級衰殺,各足祿其爵位。公私達其等級,禮行德義。當此之時也,九州之內,合三千里爾,八百國。
新字:故天之立君,非私此人也以役民,蓋以誅暴除害利黎元也。是以人謀鬼謀,能者処之。詩云:「皇矣上帝,臨下以赫,監観四方,求民之瘼。惟此二国,其政不獲;惟此四国,爰究爰度。上帝指之,憎其式悪,乃眷西顧,此惟与度。」蓋此言也,言夏殷二国之政不得,乃用奢誇廓大。上帝憎之,更求民之瘼,聖人与天下四国究度而使居之也。前招良人,疾奢誇廓,無紀極也。乃惟度法象,明著礼祑,為優憲芸,県之無窮。故伝曰:「制礼,上物不過十二,天之道也。」是以先聖籍田有制,供神有度,奉己有節,礼賢有数。上下、大小、貴賤、親疏,皆有等威,階級衰殺,各足禄其爵位。公私達其等級,礼行徳義。当此之時也,九州之内,合三千里爾,八百国。
書き下し
故に天の君を立つるは、此の人を私して以て民を役するに非ず、蓋し暴を誅し害を除き黎元を利するを以てなり。是を以て人謀鬼謀、能者之に処る。詩に云う、「皇なる上帝、下に臨むこと赫たり、四方を監観し、民の瘼を求む。惟れ此の二国、其の政獲ず、惟れ此の四国、爰に究め爰に度る。上帝之を指し、其の式悪を憎み、乃ち眷みて西に顧み、此れ惟れ与に度る」と。蓋し此の言は、夏殷の二国の政の得ざるは、乃ち奢誇廓大を用う、上帝之を憎み、更に民の瘼を求め、聖人は天下の四国と究度して之を居らしむるを言うなり。前に良人を招き、奢誇廓大の紀極無きを疾む。乃ち惟れ法象を度り、礼祑を明著し、優憲藝を為し、之を無窮に縣く。故に伝に曰く、「礼を制するに、上物は十二に過ぎず、天の道なり」と。是を以て先聖は籍田に制有り、神に供するに度有り、己に奉ずるに節有り、賢を礼するに数有り。上下・大小・貴賤・親疏、皆な等威有り、階級衰殺し、各々足りて其の爵位を禄とす。公私其の等級に達し、礼は徳義を行う。此の時に当たり、九州の内、三千里を合わせるのみ、八百国あり。
現代語訳
だから天が君を立てるのは、この一人を私して民を使役させるためではなく、暴を討ち害を除いて民を利するためです。それゆえ、人の謀りも鬼神の謀りも、能力ある者がそこに就くのです。詩には「大いなる上帝は、下を見下ろして輝き、四方を見渡し、民の苦しみを探し求めた。この二つの国は、その政治が正しくなかった。この四方の国々を、そこで究め、そこで量った。上帝はこれを指し、その悪しき法度を憎み、西を顧みてこの者と共に量った」とあります。この言葉は、夏と殷の二国の政治が正しくなかったのは、奢りや誇り、大規模を好んだからであり、上帝がそれを憎み、さらに民の苦しみを探して、聖人が天下の四方の国々と共に究め量って、そこに居らせたことを言っています。以前は良い人を招き、奢りと誇りの果てしなさを憎みました。そこで法象を量り、礼の制度を明らかにし、豊かな法度を設けて、それを無窮に掲げました。だから伝には「礼を制するには、上等の物でも十二を超えない。それが天の道である」とあります。そのため先聖は、籍田に制があり、神への供えに度があり、自分への奉養に節があり、賢者への礼遇にも数がありました。上下・大小・貴賤・親疏のすべてに等級と威儀があり、階級に従って逓減し、各人が自分の爵位に応じた禄で足りました。公も私も等級に達し、礼は徳義を行いました。このとき九州の内は、三千里に収まり、八百の国がありました。
解説
この章句が説くこと
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