潜夫論 / 務本
今多奸諛以取媚,撓法以便佞,苟得之從而賢之,此滅貞良之行,開亂危之原也。五者外雖有振賢才之虛譽,內有傷道德之至實。凡此八者,皆衰世之務,而闇君之所固也,雖未即於篡弑,然亦亂道之漸來也。
新字:今多奸諛以取媚,撓法以便佞,苟得之従而賢之,此滅貞良之行,開乱危之原也。五者外雖有振賢才之虚誉,内有傷道徳之至実。凡此八者,皆衰世之務,而闇君之所固也,雖未即於篡弑,然亦乱道之漸来也。
書き下し
今多く奸諛して以て媚を取り、法を撓めて以て佞に便し、苟得の従いて之を賢とす、此れ貞良の行を滅ぼし、乱危の原を開く者なり。五者は外は賢才を振うの虚誉有りと雖も、内は道徳を傷うの至実有り。凡そ此の八者は、皆衰世の務めにして、闇君の固くする所なり、未だ即ち篡弑に至らずと雖も、然れども亦た乱道の漸く来るなり。
現代語訳
今は、多くの者が悪賢くへつらって媚びを取り、法を曲げてへつらう者に便宜を図り、いやしく得をする者がそれに従って賢者だとします。これは貞良な行いを滅ぼし、乱れと危うさの源を開くものです。この五つは、外見は賢才を奮い立たせるという虚しい名声がありますが、内実は道徳を傷つける最もひどい実態を伴っています。およそこの八つは、いずれも衰えた世の務めで、暗い君主が固く守るものであり、まだすぐに君を殺す簒弑に至らないとしても、道が乱れる兆しが次第に来ているのです。
解説
務本篇の前半を締めくくる短い段です。前の段で列挙された学問・詩賦・交遊・孝に加えて、官にある者のへつらいと法の曲げ方を挙げ、それらを一括して衰世の務めと断じます。外見は賢才を励ますような評判に見えるのに、内実は道徳を損なうという落差が批判の中心です。王符は、これらがすぐに簒弑のような大事に至らなくても、乱れの兆しが進んでいると見ます。現代の組織で言えば、上司への迎合や例外扱いが当たり前になり、評判と実態がずれている状態に当たります。小さなごまかしや迎合を放置すると、大きな不祥事の土壌になるという警告として受け取れます。
この章句が説くこと
務本迎合衰世乱の兆し法潜夫論
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