潜夫論 / 務本
凡為人之大體,莫善於抑末而務本,莫不善於離本而飾末。夫為國者以富民為本,以正學為基。民富乃可教,學正乃得義;民貧則背善,學淫則詐偽。入學則不亂,得義則忠孝。故明君之法,務此二者,以為成太平之基,致休征之祥。夫富民者以農桑為本,以遊業為末。百工者以致用為本,以巧飾為末。商賈者以通貨為本,以鬻奇為末。三者守本離末,則民富;離本守末,則民貧。貧則阨而忌善,富則樂而可教。教訓者以道義為本,以巧辯為末。辭語者以信順為本,以詭麗為末。列士者以孝悌為本,以交遊為末。孝悌者以致養為本,以華觀為末。人臣者以忠正為本,以媚愛為末。五者守本離末,則仁義興;離本守末,則道德崩。慎本略末猶可也,舍本務末則惡矣。
新字:凡為人之大体,莫善於抑末而務本,莫不善於離本而飾末。夫為国者以富民為本,以正学為基。民富乃可教,学正乃得義;民貧則背善,学淫則詐偽。入学則不乱,得義則忠孝。故明君之法,務此二者,以為成太平之基,致休征之祥。夫富民者以農桑為本,以遊業為末。百工者以致用為本,以巧飾為末。商賈者以通貨為本,以鬻奇為末。三者守本離末,則民富;離本守末,則民貧。貧則阨而忌善,富則楽而可教。教訓者以道義為本,以巧弁為末。辞語者以信順為本,以詭麗為末。列士者以孝悌為本,以交遊為末。孝悌者以致養為本,以華観為末。人臣者以忠正為本,以媚愛為末。五者守本離末,則仁義興;離本守末,則道徳崩。慎本略末猶可也,舎本務末則悪矣。
書き下し
凡そ人の大体を為すは、末を抑えて本を務むるより善きは莫く、本を離れて末を飾るより不善なるは莫し。夫れ国を為むる者は民を富ますを以て本と為し、学を正すを以て基と為す。民富みて乃ち教うべく、学正しくして乃ち義を得。民貧しければ則ち善に背き、学淫なれば則ち詐偽す。学に入れば則ち乱れず、義を得れば則ち忠孝なり。故に明君の法は、此の二者を務めて、以て太平の基を成し、休征の祥を致す。夫れ民を富ます者は農桑を以て本と為し、遊業を以て末と為す。百工は用を致すを以て本と為し、巧飾を以て末と為す。商賈は貨を通ずるを以て本と為し、奇を鬻ぐを以て末と為す。三者は本を守り末を離るれば、則ち民富む。本を離れ末を守れば、則ち民貧し。貧しければ則ち阨しみて善を忌み、富めば則ち楽しみて教うべし。教訓する者は道義を以て本と為し、巧弁を以て末と為す。辞語は信順を以て本と為し、詭麗を以て末と為す。列士は孝悌を以て本と為し、交遊を以て末と為す。孝悌は致養を以て本と為し、華観を以て末と為す。人臣は忠正を以て本と為し、媚愛を以て末と為す。五者は本を守り末を離るれば、則ち仁義興る。本を離れ末を守れば、則ち道徳崩る。本を慎み末を略するは猶お可なり、本を舎てて末を務むれば則ち悪し。
現代語訳
およそ人の営みの大筋として、末を抑えて本に努めるほど良いことはなく、本を離れて末を飾るほど良くないことはありません。国を治める者は、民を豊かにすることを本とし、学を正すことを基とします。民が豊かになって初めて教えられ、学が正しくなって初めて義が得られます。民が貧しければ善に背き、学が乱れれば偽りが生じます。学に入れば乱れず、義を得れば忠孝が行われます。ですから明君の法は、この二つに努めて、太平の基礎を築き、めでたい兆しを招きます。民を豊かにする者では、農業と養蚕が本で、遊びの仕事が末です。職人は実用に役立てることが本で、巧みな飾りが末です。商人は物を流通させることが本で、珍品を売ることが末です。この三者が本を守って末を離れれば民は豊かになり、本を離れて末を守れば貧しくなります。貧しければ苦しんで善を忌み、豊かなら楽しんで教えを受けられます。教え導く者は道義が本で、巧みな弁舌が末です。言葉は誠実で穏当なことが本で、奇抜な美辞が末です。士は孝悌が本で、交遊が末です。孝悌は親を養うことが本で、見かけの華やかさが末です。臣下は忠正が本で、媚びて愛されることが末です。この五者が本を守って末を離れれば仁義が興り、本を離れて末を守れば道徳が崩れます。本を大事にして末を省くのはまだよいが、本を捨てて末に努めるのは悪いことです。
解説
この章句が説くこと
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