清静経 / 上士は争わず
老君曰:上士無爭,下士好爭;上德不德,下德執德;執著之者,不名道德。
新字:老君曰:上士無争,下士好争;上徳不徳,下徳執徳;執著之者,不名道徳。
書き下し
老君曰く、上士は争う無く、下士は争いを好む。 上徳は徳とせず、下徳は徳に執る。 執著する者は、道徳と名づけず。
現代語訳
老君は言いました。すぐれた人は争わず、劣った人は争いを好みます。 上の徳は徳を誇らず、下の徳は徳にこだわります。 執着する者は、道徳とは呼べません。
解説
ここから後半に入り、再び老君の言として語られます。「上徳は徳とせず」は、『老子』第三十八章の「上徳は徳とせず、是を以て徳有り」と同じ趣旨です。争わない人が上、争う人が下という区別は、成立当時の価値判断で、現代では素直な優劣というより、力みの有無の話として読めます。善いことをしていると意識しすぎると、見返りを求める気持ちが生まれます。人を育てても、感謝を求めないあり方は、組織の信頼を静かに支える力になります。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
上士下士争わず上徳下徳執著
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