文子 / 下德
老子曰:善治國者,不變其故,不易其常。夫怒者逆德也,兵者凶器也,爭者人之所亂也,陰謀逆德,好用凶器,治人之亂,逆之至也。非禍人不能成禍,不如挫其銳,解其紛,和其光,同其塵。人之性情皆願賢己而疾不及人,願賢己則爭心生,疾不及人則怨爭生,怨爭生則心亂而氣逆,故古之聖王退爭怨,爭怨不生則心治而氣順,故曰不尚賢使民不爭。
新字:老子曰:善治国者,不変其故,不易其常。夫怒者逆徳也,兵者凶器也,争者人之所乱也,陰謀逆徳,好用凶器,治人之乱,逆之至也。非禍人不能成禍,不如挫其鋭,解其紛,和其光,同其塵。人之性情皆願賢己而疾不及人,願賢己則争心生,疾不及人則怨争生,怨争生則心乱而気逆,故古之聖王退争怨,争怨不生則心治而気順,故曰不尚賢使民不争。
書き下し
老子曰く、善く国を治むる者は、其の故を変えず、其の常を易えず。夫れ怒りは徳に逆らうものなり。兵は凶器なり。争いは人の乱るる所なり。陰謀は徳に逆らい、好んで凶器を用い、人の乱を治むるは、逆の至りなり。禍いを人にするに非ざれば禍いを成す能わず、其の鋭を挫き、其の紛を解き、其の光を和らげ、其の塵に同ずるに如かず。人の性情は皆己を賢にせんことを願い、人に及ばざるを疾む。己を賢にせんことを願えば則ち争心生じ、人に及ばざるを疾めば則ち怨争生ず。怨争生ずれば則ち心乱れて気逆す。故に古の聖王は争怨を退く。争怨生ぜざれば則ち心治まりて気順なり。故に曰く、賢を尚ばざれば民をして争わざらしむ、と。
現代語訳
老子は言った。国をよく治める者は、昔からのやり方を変えず、常のあり方を改めない。そもそも怒りは徳に逆らうものである。兵は凶器である。争いは人が乱れるもとである。陰謀は徳に逆らい、好んで凶器を使い、人の乱れを治めようとするのは、逆らいの極みである。人に禍いをもたらさなければ禍いは成らない。それよりは、その鋭さを挫き、もつれを解き、光をやわらげ、塵に同じることだ。人の性情は、みな自分が優れていたいと願い、人に及ばないことを憎む。自分を優れさせたいと願えば争う心が生じ、人に及ばないことを憎めば怨みと争いが生じる。怨みと争いが生じれば心は乱れて気が逆流する。だから古の聖王は争いと怨みを遠ざけた。争いと怨みが生じなければ、心は治まり気は順調である。だから、賢を尊ばなければ民は争わなくなる、と言う。
解説
この章句が説くこと
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『論語と算盤』実業と士道・此の如き誤解あり由来競争は何物にも伴うもので、その最も激烈を極むるものは競馬とか競漕とかいう場合である。その他朝起きるにも競争がある。読書するにも競争がある。また徳の高い人が徳の低い人から尊重されるにも、それぞれ競争がある。けれどもこれら後の方のものにおいては、あまり激烈なものは認めない。しかるに競馬競漕となると、命を懸けても構わないというほどになる。自己の財産を増すについてもこれと同様で、激烈なる競争の念を起こし、彼よりも我に財産の多からんことを欲する。その極、道義の観念も打ち忘れて、いわゆる目的のためには手段を択ばぬというようにもなる。すなわち同僚を誤り、他人を毀ち、あるいは大いに自己を腐敗する。古語に「富をなせば仁ならず」というのも、畢竟そういう所から出た言葉であろう。アリストートルは「すべての商売は罪悪なり」と言っているそうであるが、それはいまだ人文の開けぬ時代のことで、いかに大哲学者の申し分とあっても、真面目には受け取れない。しかし孟子も「富をなせば仁ならず、仁をなせば富まず」と言っているから、等しく味わうべき言葉である。
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