清静経 / 清濁動靜
夫道者:有清有濁,有動有靜;天清地濁,天動地靜;男清女濁,男動女靜。降本流末,而生萬物。清者濁之源,靜者動之基。人能常清靜,天地悉皆歸。
新字:夫道者:有清有濁,有動有静;天清地濁,天動地静;男清女濁,男動女静。降本流末,而生万物。清者濁之源,静者動之基。人能常清静,天地悉皆帰。
書き下し
夫れ道なる者は、清有り濁有り、動有り静有り。 天は清く地は濁り、天は動き地は静かなり。 男は清く女は濁り、男は動き女は静かなり。 本より降りて末に流れ、万物を生ず。 清は濁の源、静は動の基。 人能く常に清静ならば、天地悉く皆帰す。
現代語訳
さて、道には清いものと濁るもの、動くものと静かなものがあります。 天は清く、地は濁り、天は動き、地は静かです。 男は清く、女は濁り、男は動き、女は静かです。 本から降り、末へと流れて、万物が生まれます。 清は濁の源であり、静は動の土台です。 人がいつも清く静かでいられれば、天地はことごとくそこに帰ってきます。
解説
清と濁、動と静を対にして、万物の成り立ちを説く章句です。男女を清濁・動静に当てはめる箇所は、成立当時の陰陽の見方で、今の価値観とは相容れません。そのまま受け取らず、清や静を土台とする考え方を読み取るのが良いでしょう。要は「清は濁の源、静は動の基」の一句です。動き回る仕事の中心に、静かな基点を持つ。意思決定の前に一呼吸おく、会議の前に頭を空にするなど、実務でも使える発想です。動を支えるのは静だと覚えておきたい章句です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
清濁動静陰陽清は濁の源静は動の基常清静
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清静経・真静応物真静は物に応じ、真常は性を得。 常に応じ常に静ならば、常に清静なり。 此くの如く清静ならば、漸く真道に入る。 既に真道に入れば、名づけて道を得と謂う。 道を得たりと名づくと雖も、実には得る所無し。 衆生を化せんが為に、名づけて道を得と謂う。 能く之を悟る者は、聖道を伝うべし。
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『呻吟語』外篇・天地・靜なる者は動の生門故に動なる者は靜の死鄉、靜なる者は動の生門なり。靜無ければ生ぜず、動無ければ死せず。靜なる者は常に施し、動なる者は還らず。大造の生氣を發する者は動なり、大造の生氣を耗する者も亦た動なり。聖人は靜を主として以て元理を涵し、道家は靜を主として以て元氣を留む。
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荘子・天道天道は運(めぐ)りて積む所無し。故に万物成る。帝道は運りて積む所無し。故に天下帰す。聖道は運りて積む所無し。故に海内服す。天に明らかに、聖に通じ、六通四辟(りくつうしへき)して帝王の徳に於ける者は、其の自ら為すや、昧然(まいぜん)として静かならざる者無し。聖人の静かなるや、静かなるは善しと曰い、故に静かなるに非ざるなり。万物以て心を鐃(みだ)すに足る者無し。故に静かなり。水静かなれば則ち明らかに鬚眉(しゅび)を燭(て)らし、平らかにして準に中(あた)る。大匠は焉(ここ)に法を取る。水静かにして猶お明らかなり。而るを況んや精神をや。聖人の心の静かなるや、天地の鑑(かがみ)なり、万物の鏡なり。夫れ虚静恬淡(きょせいてんたん)、寂漠無為(せきばくむい)なる者は、天地の平(たいら)にして道徳の至りなり。故に帝王聖人は焉に休(いこ)う。休すれば則ち虚なり。虚なれば則ち実なり。実なる者は倫(つい)なり。虚なれば則ち静かなり。静かなれば則ち動く。動けば則ち得たり。静かなれば則ち無為なり。無為なれば、則ち事を任ずる者責(せ)む。無為なれば則ち俞俞(ゆゆ)たり。俞俞たる者は憂患も処る能わず、年寿長し。夫れ虚静恬淡、寂寞無為なる者は、万物の本なり。此に明らかにして以て南郷(なんきょう)するは、堯の君為(た)るなり。此に明らかにして以て北面するは、舜の臣為るなり。此を以て上に処るは、帝王天子の徳なり。此を以て下に処るは、玄聖素王(げんせいそおう)の道なり。此を以て退居して閒游(かんゆう)すれば、江海山林の士服す。此を以て進為して世を撫すれば、則ち功大に名顕われて天下一なり。静かにして聖、動きて王、無為にして尊く、樸素にして天下之と美を争う能わず。夫れ天地の徳に明白なる者は、此を之れ大本大宗と謂う。天と和する者なり。天下を均調する所以は、人と和する者なり。人と和する者は、之を人楽(じんらく)と謂う。天と和する者は、之を天楽(てんらく)と謂う。