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呻吟語 / 外篇・天地・靜なる者は動の生門

故動者靜之死鄉,靜者動之生門。無靜不生,無動不死。靜者常施,動者不還。發大造之生氣者動也,耗大造之生氣者亦動也。聖人主靜以涵元理,道家主靜以留元氣。

新字:故動者静之死鄉,静者動之生門。無静不生,無動不死。静者常施,動者不還。発大造之生気者動也,耗大造之生気者亦動也。聖人主静以涵元理,道家主静以留元気。

書き下し

故に動なる者は靜の死鄉、靜なる者は動の生門なり。靜無ければ生ぜず、動無ければ死せず。靜なる者は常に施し、動なる者は還らず。大造の生氣を發する者は動なり、大造の生氣を耗する者も亦た動なり。聖人は靜を主として以て元理を涵し、道家は靜を主として以て元氣を留む。

現代語訳

だから動は静にとっての死に場所であり、静は動にとっての生まれる門です。静が無ければ生まれず、動が無ければ死にません。静はいつも与え続け、動は還りません。大いなる造化の生気を発するのは動であり、その生気を消耗させるのも動です。聖人は静を主として元の理を涵し、道家は静を主として元の気を留めます。

解説

動と静の関係を、生死の場所として描きます。静から生まれ、動で消える。しかも生気を発するのも消すのも同じ動です。ここが要点で、動くこと自体が両方の働きを持っています。そして聖人と道家が、同じ静を別の目的で用いると添えられます。理を涵すか、気を留めるか。二つの立場が並べられた一段です。理を涵すか気を留めるか、二つの立場が並べられています。

この章句が説くこと

動静生死消耗聖人道家

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