省諐録 / 第57条
予年二十以後。乃知匹夫有繫一國三十以後。乃知有繫天下。四十以後。乃知有繫五世界。
新字:予年二十以後。乃知匹夫有繋一国三十以後。乃知有繋天下。四十以後。乃知有繋五世界。
書き下し
予、年二十以後、乃ち匹夫も一国に繋ること有るを知り、三十以後、乃ち天下に繋ること有るを知り、四十以後、乃ち五世界に繋ること有るを知る。
現代語訳
私は、二十歳を過ぎてはじめて、一人の庶民も一国につながりがあることを知り、三十歳を過ぎてはじめて、天下につながりがあることを知り、四十歳を過ぎてはじめて、五世界につながりがあることを知りました。
解説
象山は、二十歳を過ぎて、一人の庶民も一国につながっていると知り、三十歳を過ぎて天下につながっていると知り、四十歳を過ぎて五世界につながっていると知った、と年齢ごとの視野の広がりを短く記します。「匹夫」は身分の低い一人の人をさす語で、その一人の働きも国や世界の動きと無関係ではないという自覚が背景にあります。序で獄中の省察を子孫に残す意図が述べられていることを思えば、自分の視野の変遷を書き残した条とも読めます。ここでは「五世界」を本文の語のまま用い、具体の範囲は断定しません。立場や役職が上がるたびに、自分の仕事の影響がどこまで及ぶかを広く捉え直す姿勢は、今の管理職や経営者にも通じます。
この章句が説くこと
匹夫視野天下五世界自覚省諐録
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