言志四録 / 言志録 第百九十七条 世界は一弾丸黒子
人與萬物。畢竟不能離地。人物皆地也。今試且游心六合外以俯瞰世界。但見世界如一彈丸黑子。而人物不可見。於是思察此中有川海。有山嶽。有禽獸草木。有人類。渾然成此一彈丸。着想到此。乃知人物之爲地。
新字:人与万物。畢竟不能離地。人物皆地也。今試且游心六合外以俯瞰世界。但見世界如一弾丸黒子。而人物不可見。於是思察此中有川海。有山嶽。有禽獣草木。有人類。渾然成此一弾丸。着想到此。乃知人物之為地。
書き下し
人と万物とは、畢竟地を離るること能はず。人物皆地なり。今試みに且く心を六合の外に游ばせて以て世界を俯瞰せば、但だ世界の一弾丸黒子の如きを見て、人物は見るべからず。是に於て思察す、此の中に川海有り、山岳有り、禽獣草木有り、人類有りて、渾然として此の一弾丸を成すを。着想此に到れば、乃ち人物の地たるを知る。
現代語訳
人も万物も、結局は大地から離れることはできない。人も物もみな大地なのである。いま試みにしばらく心を天地四方の外に遊ばせて世界を見下ろしてみると、世界はただ一つの弾丸ほどの黒い点のように見えるだけで、人や物は見えない。そこで考えてみる。この中に川や海があり、山々があり、鳥獣や草木があり、人類があって、それらが渾然と一つになってこの一個の弾丸をなしているのだと。ここまで思いを致せば、人も物も大地そのものであることがわかる。
解説
前条を受けて、人が大地そのものであることを、想像の視点移動によって確かめようとする一条です。心を宇宙の外に遊ばせて見下ろせば、世界は弾丸ほどの黒い点にすぎず、人の姿など見えない。けれどもその小さな点の中に、川も海も山も生き物も人類も渾然と含まれている。地球を外から眺める写真を見たことのある現代人には、驚くほど身近な感覚です。一斎は蘭学の地球説にも触れていたと考えられますが、ここでの関心は天文学ではなく、人と万物が一体であることの実感にあります。目の前の利害や対立で視野が狭くなったとき、ぐっと視点を引いてみることの効用を思い出させてくれる言葉です。
この章句が説くこと
天地一体俯瞰視野自然観
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