省諐録 / 第43条
帝王之政。藏財於民。有餘而取。不足而與。故不凍餒百姓。而上獨富足。亦不飽逸百姓。而國獨貧窶。故曰。百姓足。君孰與不足。百姓不足。君孰與足。此天下古今不易之道也。
新字:帝王之政。蔵財於民。有余而取。不足而与。故不凍餒百姓。而上独富足。亦不飽逸百姓。而国独貧窶。故曰。百姓足。君孰与不足。百姓不足。君孰与足。此天下古今不易之道也。
書き下し
帝王の政は、財を民に藏む。餘り有れば取り、足らざれば與ふ。故に百姓を凍餒せしめずして、上獨り富足す。亦百姓を飽逸せしめずして、國獨り貧窶ならず。故に曰く、百姓足らば、君孰と與にか足らざらん。百姓足らざれば、君孰と與にか足らん、と。此れ天下古今の易へざる道なり。
現代語訳
帝王の政治は、財を民のもとにしまっておくものです。余りがあれば取り、足りなければ与えます。だから民を凍えさせたり飢えさせたりせずに、上だけが豊かに満ち足りるのでもなく、民を満腹で安逸にさせるわけでもなく、国だけが貧しくなるのでもありません。そこで言うのです。「民が足りていれば、君主は誰と一緒にいて足りないことがあろうか。民が足りなければ、君主は誰と一緒にいて足りることがあろうか」と。これは天下古今、変わらない道です。
解説
帝王の政は財を民に預けておき、余れば取り、足りなければ与える、という考え方を述べます。民が凍えず飢えない状態で、上だけが富むことも、民が満ちて国だけが貧しくなることもない、という釣り合いが理想とされます。そのうえで、民が足りれば君も足り、民が足りなければ君も足りないという言葉を引き、天下古今の変わらぬ道と結びます。現代の組織に置き換えると、現場が潤っているか疲弊しているかで、会社の本当の豊かさが決まる、という読みになります。経営者や管理職が自分の取り分を先に考えるより、現場の余力や不足を先に見る、という優先順位を示す条です。
この章句が説くこと
民を足らす配分君民一体財経営者の視点省諐録
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