管子 / 山至數
桓公曰:「何謂藏於民?」「請散棧臺之錢散諸城陽,鹿臺之布散諸濟隂君下令於百姓曰:『民富,君無與貧;民貧,君無與富。故賦無錢布,府無藏財,貲藏於民。』嵗豐,五榖登,五榖大輕,榖賈去上嵗之分。以幣據之,榖為君,幣為下。國幣盡在下,幣輕榖重,上分上嵗之二分在下,下嵗之二分在上,則二嵗者四分在上。則國榖之一分在下,榖三倍重。邦布之籍,終嵗十錢。人家受食,十畆加十,是一家十户也。出於國榖筴而藏於幣者也。以國幣之分,復布百姓。四减國榖三在上,一在下。復筴也。
新字:桓公曰:「何謂蔵於民?」「請散棧台之銭散諸城陽,鹿台之布散諸済陰君下令於百姓曰:『民富,君無与貧;民貧,君無与富。故賦無銭布,府無蔵財,貲蔵於民。』歳豊,五榖登,五榖大軽,榖賈去上歳之分。以幣拠之,榖為君,幣為下。国幣尽在下,幣軽榖重,上分上歳之二分在下,下歳之二分在上,則二歳者四分在上。則国榖之一分在下,榖三倍重。邦布之籍,終歳十銭。人家受食,十畆加十,是一家十戸也。出於国榖筴而蔵於幣者也。以国幣之分,復布百姓。四减国榖三在上,一在下。復筴也。
書き下し
桓公曰く、「何をか民に藏すと謂う」と。「請う棧臺の錢を散じて諸を城陽に散じ、鹿臺の布を散じて諸を濟隂に散ぜよ。君百姓に令を下して曰く、『民富めば、君は與に貧しきこと無し。民貧しければ、君は與に富むこと無し。故に賦に錢布無く、府に藏財無く、貲は民に藏す』と。歳豐かにして、五榖登り、五榖大いに輕く、榖の賈は上歳の分を去る。幣を以て之に據れば、榖を君と為し、幣を下と為す。國幣盡く下に在れば、幣輕く榖重し。上は上歳の二分を分かちて下に在らしめ、下歳の二分は上に在り、則ち二歳の者は四分上に在り。則ち國榖の一分は下に在り、榖は三倍重し。邦布の籍は、歳を終うるに十錢。人家食を受くるに、十畆にして十を加う、是れ一家にして十户なり。國榖の筴より出でて幣に藏する者なり。國幣の分を以て、復た百姓に布く。四もて減じて國榖の三は上に在り、一は下に在り。復筴なり。
現代語訳
桓公が言った。民のところに蓄えるとはどういうことか。桟台の銭を放出して城陽に配り、鹿台の布を放出して済陰に配りなさい。君は民に令を下してこう言う。民が富めば、君が一緒に貧しくなることはない。民が貧しければ、君が一緒に富むことはない。だから賦に銭も布も課さず、府に財を蓄えず、蓄えは民のところに置く、と。年が豊かで五穀が実り、五穀が大いに安くなり、穀物の値は前年の割合を下回る。銭でそれを押さえれば、穀物が上になり銭が下になる。国の銭がすべて下にあれば、銭は軽く穀物は重い。上は前年の二分を分けて下に置き、翌年の二分は上にある。だから二年で四分が上にある。すると国の穀物の一分が下にあり、穀物の値は三倍になる。国の布への割り当ては、一年で十銭。家々が食を受け取るのに、十畝につき十を加える。これで一家が十戸分にあたる。これは国の穀物の手立てから出て、銭のかたちで蓄えられたものである。国の銭の取り分を、また民に配る。四で減じて、国の穀物の三が上にあり、一が下にある。これがくり返しの手立てである。
解説
この章句が説くこと
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