省諐録 / 第40・41条
今之所謂儒者。果何爲者耶。本朝神聖造國之道。堯舜三代帝王之治。兼明而默識之乎。禮樂刑政。典章制度。以至兵法師律械器之利。講論而皆得其要乎。土境之形勢。海陸道路之險夷。外蕃之情狀。防戍之利害。城堡堵堞控援之略。推算重力幾何詳證之術。茲究而悉之乎。吾未之知也。然則今之所謂儒者。果何爲者耶。讀書講學。徒爲空言。不及當世之務。與清談廢事。一閧耳。
新字:今之所謂儒者。果何為者耶。本朝神聖造国之道。堯舜三代帝王之治。兼明而黙識之乎。礼楽刑政。典章制度。以至兵法師律械器之利。講論而皆得其要乎。土境之形勢。海陸道路之険夷。外蕃之情状。防戍之利害。城堡堵堞控援之略。推算重力幾何詳証之術。茲究而悉之乎。吾未之知也。然則今之所謂儒者。果何為者耶。読書講学。徒為空言。不及当世之務。与清談廃事。一閧耳。
書き下し
今の所謂儒者は、果たして何を爲す者ぞや。本朝神聖の國を造るの道、堯舜三代帝王の治を、兼ねて明らかにして默して識るか。禮樂刑政、典章制度、以て兵法師律械器の利に至るまで、講論して皆其の要を得たるか。土境の形勢、海陸道路の險夷、外蕃の情狀、防戍の利害、城堡堵堞控援の略、推算重力幾何詳證の術、茲を究めて悉くせるか。吾未だ之を知らざるなり。然らば則ち今の所謂儒者は、果たして何を爲す者ぞや。書を讀み學を講ずるも、徒だ空言を爲して、當世の務めに及ばず。清談して事を廢するものと、一閧なるのみ。
現代語訳
今のいわゆる儒者は、いったい何をする者なのでしょうか。わが朝の神聖が国を造った道と、堯舜や三代の帝王の治めを、あわせて明らかにし、黙って心に刻んでいるのでしょうか。礼楽・刑政・典章・制度から、兵法・軍の規律・武器の利に至るまで、論じ講じてその要点をつかんでいるのでしょうか。国土の形勢、海や陸の道の険しさや平らかさ、外国の事情、守備の利害、城や砦を守り援ける策、推算・重力・幾何・詳証の術まで、これらを究めて尽くしているのでしょうか。私はまだそれを知りません。そうであれば、今のいわゆる儒者は、いったい何をする者なのでしょうか。書を読み学を講じても、ただ空しい言葉を並べるだけで、当世の務めには及びません。清談にふけって事を廃する者と、結局は同じ騒ぎなのです。
解説
この章句が説くこと
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『文武訓』文訓下一儒とは学者の称といへば、本邦近世の書生をも儒者と称すべきか。其儒者の内、其性と習により、学術の品各かはれり。詩文章を専つとめとし、奇異の文字をこのみ、詞をかざれる学あり。もし心を用ふることくはしからず、其学びやうよからざれば、其好んでつとむること久しけれど、其文詞つたなきあり。又近世の儒に、文学つたなくいやしく、殊に異学をまじへて正道を知らざれども、其守約に、其素行頗よくして、俗学にまされるあり。されど、聖賢の書多くよまざれば、道理にくらくして学術よからず。正理を知らでみづからほこる儒あり。又程朱の書を信じて、学術雑ならず、其制行も頗謹みて正なれど、聰明たらず、義理にくらくして通ぜず、訓詁になづみて、かへつてみづからほこり人にたかぶりて、人に対するに刻薄にして、善をこのまず仁愛すくなく、古礼にかかはりて、当世の時宜を知らざる儒あり。
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『慎思録』巻之四吾曹書を読むと雖も、然れども経済の学に通ぜず。故に世の君相、儒生を以て無用の徒と為し、事宜に通ぜずとし、且つ仁義を以て迂闊にして世用に適せずと為す。豈に啻に君相のみ然らんや。世の学を好まざる者、往往にして皆此の如し。是れも亦た吾曹の学術明らかならず、且つ不徳なるに由るなり。然らば則ち世人の学を好まざるは、吾曹も亦た其の罪を半ばにすべきなり。
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『慎思録』巻之四学術は世を経むる所以なり。而るに後世学を為す者、毎に経世の用に適せざる者は何ぞや。蓋し究理知道の学有り。是れ世を経め用に適する所以なり。以て有用の学と為すべし。章句訓詁の学有り。是れ徒らに口耳の習ひに従ひて、致知知道の工夫無し。経世の用に適せざる所以なり。惟だ無用の学と為すべし。凡そ儒者の学なる者は、有用の学なり。俗学及び異学なる者は、無用の学なり。豈に止だ無用と為すのみならんや。復た将に有用の学を害すること有らんとす。無益を作して有益を害すと謂ふべし。学者其の従ふ所を択ばざるべけんや。
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『山鹿語類』士道・博學文師嘗曰。古今の人物甚かはり、異域本朝のことわざ尤異也。徳天地にひとしきあり。才万物に及ぶ有り。其用捨は我に有て、其の事跡は書にのこれり。故に博く古今の書を閲して、事物の用を詳に弁ずべし。学者或は記誦して古今の事を覚へそらんじ、是を以て世にほこらんことをなし、或は詩文を弄て詩章を必とし、これを以て学とするあり。各大丈夫の学に非ず。一ヶの老博士、三尺の書生が筆硯を事として舌耕傭書して人の脚下にうづくまるは、大丈夫の本意と云ふべからざれば、如何なるをか学文と云ば、古の聖人の道を以て本と仕り、賢人君子の行跡をたすけとし、古今時代の変化人物の理をわきまへ、其の見聞を博くして其才をまし知をみがくのためなり。
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『翁問答』改訂翁問答(丙戌冬)師の曰、魯国の君は儒服を著たる人をとめて儒者とあやまり、今の世間の人は儒書をよむ人をとめて儒者とあやまれり、そのあやまる所の品はかはりたれども、実体をしらざることは同じまよひなり、文学は芸なれば、物をおぼへよく生れつきたる人は、たれも習ひしるべければ、文学ある人にても仁義の徳なきは儒者にあらず、只文芸ある凡夫なり、一文不通の人なりとも、仁義の徳明なるは凡夫にあらず、文学なき儒者なり、此理は分明なれども何れの時よりかあやまり来りけん只儒書をよむばかりを学問とおもひ、文学ある人を儒者ともてなせり、此まよひ世人の心にしみつきたるによつて、学問は物よみ坊主または出家などの業にして、士のわざにあらずなどゝ取沙汰まちまちなり、儒服の儒者にあらざる事をあかしたる荘子のごとき人なくて学問の本意世間に明かならざること、天下の大不幸なるべし。
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『慎思録』巻之四近世の書生、自ら以て道学と為す者有り。然れども往往にして訓詁の学、章句を治むるを以て勤めと為し、道を知るを以て志と為さず。慎思黙識すること能はず。是を以て経義を講習すること年久しと雖も、然り而して自得の効無く、道に通ずること能はず。儒者の学と為すべからざるなり。
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