導師導古典を学びたいすべての人に

文武訓 / 文訓下

一儒とは學者の稱といへば、本邦近世の書生をも儒者と稱すべきか。其儒者の内、其性と習により、學術の品各かはれり。詩文章を專つとめとし、奇異の文字をこのみ、詞をかざれる學あり。もし心を用ふることくはしからず、其學びやうよからざれば、其好んでつとむること久しけれど、其文詞つたなきあり。又近世の儒に、文學つたなくいやしく、殊に異學をまじへて正道を知らざれども、其守約に、其素行頗よくして、俗學にまされるあり。されど、聖賢の書多くよまざれば、道理にくらくして學術よからず。正理を知らでみづからほこる儒あり。又程朱の書を信じて、學術雜ならず、其制行も頗謹みて正なれど、聰明たらず、義理にくらくして通ぜず、訓詁になづみて、かへつてみづからほこり人にたかぶりて、人に對するに刻薄にして、善をこのまず仁愛すくなく、古禮にかゝはりて、當世の時宜を知らざる儒あり。

新字:一儒とは学者の称といへば、本邦近世の書生をも儒者と称すべきか。其儒者の内、其性と習により、学術の品各かはれり。詩文章を専つとめとし、奇異の文字をこのみ、詞をかざれる学あり。もし心を用ふることくはしからず、其学びやうよからざれば、其好んでつとむること久しけれど、其文詞つたなきあり。又近世の儒に、文学つたなくいやしく、殊に異学をまじへて正道を知らざれども、其守約に、其素行頗よくして、俗学にまされるあり。されど、聖賢の書多くよまざれば、道理にくらくして学術よからず。正理を知らでみづからほこる儒あり。又程朱の書を信じて、学術雑ならず、其制行も頗謹みて正なれど、聰明たらず、義理にくらくして通ぜず、訓詁になづみて、かへつてみづからほこり人にたかぶりて、人に対するに刻薄にして、善をこのまず仁愛すくなく、古礼にかゝはりて、当世の時宜を知らざる儒あり。

書き下し

一儒とは学者の称といへば、本邦近世の書生をも儒者と称すべきか。其儒者の内、其性と習により、学術の品各かはれり。詩文章を専つとめとし、奇異の文字をこのみ、詞をかざれる学あり。もし心を用ふることくはしからず、其学びやうよからざれば、其好んでつとむること久しけれど、其文詞つたなきあり。又近世の儒に、文学つたなくいやしく、殊に異学をまじへて正道を知らざれども、其守約に、其素行頗よくして、俗学にまされるあり。されど、聖賢の書多くよまざれば、道理にくらくして学術よからず。正理を知らでみづからほこる儒あり。又程朱の書を信じて、学術雑ならず、其制行も頗謹みて正なれど、聰明たらず、義理にくらくして通ぜず、訓詁になづみて、かへつてみづからほこり人にたかぶりて、人に対するに刻薄にして、善をこのまず仁愛すくなく、古礼にかかはりて、当世の時宜を知らざる儒あり。

現代語訳

儒とは学者の称であるなら、わが国近世の書生をも儒者と称してよいのでしょうか。その儒者のうちでも、その性質と習いによって、学術の品がそれぞれ異なっています。詩文章を専らの務めとし、珍しい文字を好み、言葉を飾る学があります。もし心の用い方が細やかでなく、その学び方がよくなければ、好んで長く努めても、その文章は拙いものです。また近世の儒者には、学問が拙く卑しく、とくに異学を交えて正道を知らないけれども、その守るところは要約されていて、ふだんの行いがかなりよく、俗学にまさる者もいます。けれども聖賢の書を多く読まないので、道理にくらく、学術がよくありません。正しい理を知らずに自ら誇る儒者もいます。また程子・朱子の書を信じて、学術は雑でなく、その行いもかなり慎み正しいけれども、聡明が足りず、義理にくらくて通ぜず、訓詁にとらわれて、かえって自ら誇り人に高ぶり、人に対して冷たく、善を好まず仁愛が少なく、古礼にこだわって、今の世の時宜を知らない儒者もいます。

解説

当時の儒者を、詩文の飾りに走る者、異学を交えるが行いはよい者、程朱の学を守るが訓詁にとらわれ人に冷たく時宜を知らない者などに分けて批評しています。朱子学者の益軒が、同じ朱子学の側の偏狭さも容赦なく指摘している点が注目されます。晩年の益軒は『大疑録』で朱子学への疑問も記しました。今の専門家集団にも、技巧に走る人、理論に固執して現場を知らない人がいます。自分の偏りを知り、学びと実践の釣り合いを保つことが大切です。

この章句が説くこと

儒者学問朱子学時宜偏り

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る