省諐録 / 第37条
人不見其可畏。則必慢易之。一啓其慢易之心。又何以能治之也。故君子必臨之以莊。正其衣冠。尊其瞻視。出辭氣斯遠鄙倍。皆所以爲莊之方也。今士大夫往往有擧措輕佻。言辭鄙猥。以自喜者。其意蓋謂不如是。難以通人情而服人。嗟乎通人情而服人者。自有其道在焉。今不以其道。而露此醜態。吾恐其欲服人者。適足以導其慢易也。
新字:人不見其可畏。則必慢易之。一啓其慢易之心。又何以能治之也。故君子必臨之以荘。正其衣冠。尊其瞻視。出辞気斯遠鄙倍。皆所以為荘之方也。今士大夫往往有挙措軽佻。言辞鄙猥。以自喜者。其意蓋謂不如是。難以通人情而服人。嗟乎通人情而服人者。自有其道在焉。今不以其道。而露此醜態。吾恐其欲服人者。適足以導其慢易也。
書き下し
人其の畏るべきを見ざれば、則ち必ず之を慢易す。一たび其の慢易の心を啓かば、又何を以て能く之を治めんや。故に君子は必ず之に臨むに莊を以てし、其の衣冠を正し、其の瞻視を尊くし、辭氣を出だしては斯に鄙倍を遠ざく。皆莊を爲す所以の方なり。今士大夫往往にして擧措輕佻、言辭鄙猥にして、以て自ら喜ぶ者有り。其の意蓋し謂ふ、是くの如くならざれば、以て人情に通じて人を服し難しと。嗟乎、人情に通じて人を服する者は、自ら其の道の在る有り。今其の道を以てせずして、此の醜態を露はす。吾恐る、其の人を服せんと欲する所の者、適に以て其の慢易を導くに足らんことを。
現代語訳
人は、相手に畏れるべきところが見えなければ、必ず軽んじ侮ります。いったん軽んじ侮る心が開かれてしまえば、その人をどうして治められるでしょうか。だから君子は、人に臨むのに必ず荘重さをもってします。衣冠を正し、まなざしを尊く保ち、言葉を発しては粗野で道理に背くことを遠ざけます。これらはみな、荘重さを備えるための方法です。ところが今の士大夫には、振る舞いが軽々しく、言葉が下品で、それを自分で面白がっている者が少なくありません。その考えは、こうでなければ人情に通じて人を服させることは難しい、というものでしょう。ああ、人情に通じて人を服させるには、おのずとその道があります。いまその道を用いず、この醜態をさらしている。人を服させようとするそのやり方が、かえって相手の軽んじ侮る心を導くのではないかと、私は恐れます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 楽書是を以て情見はれて義立ち、楽終はりて徳尊し。君子は以て善を好み、小人は以て過ちを息む。故に曰く「生民の道、楽を大と為す」と。君子曰く、礼楽は以て斯須も身を去るべからず。楽を致めて以て心を治むれば、則ち易直子諒の心油然として生ず。易直子諒の心生ずれば則ち楽しみ、楽しめば則ち安く、安ければ則ち久しく、久しければ則ち天なり、天なれば則ち神なり。天なれば則ち言はずして信あり、神なれば則ち怒らずして威あり。楽を致むるは、以て心を治むる者なり。礼を致むるは、以て躬を治むる者なり。躬を治むれば則ち荘敬、荘敬なれば則ち厳威なり。心中斯須も和せず楽しまざれば、而ち鄙詐の心之に入る。外貌斯須も荘ならず敬ならざれば、而ち慢易の心之に入る。故に楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。楽は和を極め、礼は順を極む。内和して外順なれば、則ち民其の顔色を瞻て与に争はず、其の容貌を望みて民易慢を生ぜず。徳煇内に動きて民承け聴かざる莫く、理外に発して民承け順はざる莫し、故に曰く「礼楽の道を知りて、挙げて之を錯けば天下難き無し」と。楽なる者は、内に動く者なり。礼なる者は、外に動く者なり。故に礼は其の謙を主とし、楽は其の盈を主とす。礼は謙にして進み、進むを以て文と為す。楽は盈ちて反り、反るを以て文と為す。礼謙にして進まざれば、則ち銷ゆ。楽盈ちて反らざれば、則ち放つ。故に礼に報有りて楽に反有り。礼其の報を得れば則ち楽しみ、楽其の反を得れば則ち安し。礼の報、楽の反、其の義一なり。夫れ楽とは楽しむなり、人情の免るる能はざる所なり。楽は必ず声音に発し、動静に形はる、人の道なり。声音動静、性術の変、此に尽くす。故に人楽しみ無き能はず、楽しめば形無き能はず。形はれて道を為さざれば、乱無き能はず。
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易経・大有卦大有の初九は、害に交わる无きなり。大車以て載すとは、中に積みて敗れざるなり。公用て天子に亨せらるとは、小人は害あるなり。其の彭なるに匪ず、咎无しとは、明弁晰らかなるなり。厥の孚交如たりとは、信以て志を発するなり。威如の吉は、易りて備うる无ければなり。大有の上の吉は、天より佑くるなり。
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『武家家訓集』黒田如水教諭「威とは」一大將たる人は威といふものなくては萬人の押へ成がたし、去ながら惡しく心得て態と我身に威を拵て付けんとするは却て大なる害となるものなり、其故は只諸人におぢらるゝ樣に身を持なすを威と心得家老に迄ても威高く事もなきに目をいからし詞をあらくし人の諫を聞入れず、我に非有時もかさ押に言まぎらし我意を振舞によつて家老も諫を言ずおのづから身を引樣に成行ものなり、家老さへ如斯なればまして諸士末々に至迄只おぢおそれたる迄にて忠義のおもひをなす者なく我身構をのみして奉公を質によく勤る事なし、かく高慢に人をないがしろにする故臣下萬民うとみて必家を失ひ國亡ぶるものなれば能々可心得事なり、誠の威といふは先其身の行儀正敗理非賞罰明らかなるは、強て人をしかりおどす事はなけれども、臣下萬民敬ひ恐れて上をあなどり法をかろしむるものなくしておのづから威備るものなり、
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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言志四録・言志耋録 第二百五十四条 威あって猛からず人主は最も明威を要す。徳威惟れ威なれば、則ち威あって猛からず。徳明惟れ明なれば、則ち明にして察ならず。
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『家道訓』巻之三・総論下一家人に対するに、厳正にして厚重なれば、おのづから威ありて人あなどらず。かくの如くなれば、怒りてはげしく悪言を出さざれども、人おそる。一子弟はいふに及ばず、下部に対すとも、其の罪あるをいかり、悪言を出していやしむべからず。又うちたたきはづかしめて、犬馬の如くいやしむべからず。下部も亦人の子にして、人倫なり。人倫の交此のごとく情なかるべからず。いやしくとも、人倫の道を以てつかふべし。いはんや天地のうみて子としてあはれみ給ふ人なれば、いやしめにくむべからず。又人の過悪を責めて、人のために我が心を乱して、怒りにやぶらるべからず。是己ををさめ人ををさむる道を失へりといふべし。怒甚しければ、必ず目をいららげことばをあらくして、人をいやしむるにいたる。君子のしわざ、此の如く心をとりみだしてみぐるしかるべからず。又責めらるる者は、我が悪しきをわすれ、恥辱にあひたるを本意なくおもひ、いかりうらみて心服せず。下部にあやまりあらば、只従容として誠を以ていましめ正さば、彼もし人心あらば感通すべし。
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