省諐録 / 第12条
格物之於天地造化。卻易。於人情世故。卻難。吾人須不可狃其所易而倦其所難。
新字:格物之於天地造化。却易。於人情世故。却難。吾人須不可狃其所易而倦其所難。
書き下し
格物の天地造化に於けるは、卻つて易し。人情世故に於けるは、卻つて難し。吾人須らく其の易きに狃れて其の難きに倦むべからず。
現代語訳
格物が天地の造化に対して行われる場合は、かえって易しいものです。人情や世故に対して行われる場合は、かえって難しいものです。私たちは、その易しいほうに慣れきって、難しいほうに倦んではなりません。
解説
格物は、天地の造化を相手にするなら易しく、人情世故を相手にするとかえって難しいと対比します。そして、易しいものに慣れきって、難しいものに倦んではならないと自分たちを戒めます。自然の理は筋道を追えば進みますが、人の気持ちや世間の事情は型が一定せず、同じやり方が通じにくいという感覚が背景にあるようです。現代の仕事でも、技術や数字の分析は得意でも、人の動機や関係の調整になると手が止まる人は少なくありません。得意な側に逃げず、難しいほうに粘り強く向き合うことが、成長の分かれ目になります。
この章句が説くこと
格物人情世故難易倦まず粘り強さ省諐録
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