政談 / 養老宴の事
願くは養老宴などゝ名を付け、六七十以上なる人を御旗本の隱居儒者醫者出家町人百姓の内にても撰て二の丸などへ一月に一兩度も召して御料理にても下され、餅酒菓子などをも下され、物に心得たるものを、一兩人も亭主にして咄をしかけさせ、御城下のことをも遠國のことをも埓もなくやくたいもなきことを咄させ聞し召すやうに有度ことなり、問ふには落ちすして語るに落ると云ふことあり、無心なる所より事の情はよく知れて益有ること多きものなり、埒もなく益もなきやうなることに益多きもの也、古は聖君賢王には皆朋友ありて、德ある人をば君臣のあいしらいには仕たまはぬことなり、是を布衣の交と云て、貴賤の禮に抱はらぬこと古の道なり、儒者などに治道のこと御尋ねあるも、仲間にて道理のつめ合をさせて、脇にて聞し召すに益多きものなり、惣して上へ對して物を申すは人々さしひかへなくして叫はされとも、仲間と道理のつめ合に成ては覺えす遠慮を忘れて云こと有るもの也、
新字:願くは養老宴などゝ名を付け、六七十以上なる人を御旗本の隠居儒者医者出家町人百姓の内にても撰て二の丸などへ一月に一両度も召して御料理にても下され、餅酒菓子などをも下され、物に心得たるものを、一両人も亭主にして咄をしかけさせ、御城下のことをも遠国のことをも埓もなくやくたいもなきことを咄させ聞し召すやうに有度ことなり、問ふには落ちすして語るに落ると云ふことあり、無心なる所より事の情はよく知れて益有ること多きものなり、埒もなく益もなきやうなることに益多きもの也、古は聖君賢王には皆朋友ありて、徳ある人をば君臣のあいしらいには仕たまはぬことなり、是を布衣の交と云て、貴賤の礼に抱はらぬこと古の道なり、儒者などに治道のこと御尋ねあるも、仲間にて道理のつめ合をさせて、脇にて聞し召すに益多きものなり、惣して上へ対して物を申すは人々さしひかへなくして叫はされとも、仲間と道理のつめ合に成ては覚えす遠慮を忘れて云こと有るもの也、
書き下し
願くは養老宴などゝ名を付け、六七十以上なる人を御旗本の隠居儒者医者出家町人百姓の内にても撰て二の丸などへ一月に一両度も召して御料理にても下され、餅酒菓子などをも下され、物に心得たるものを、一両人も亭主にして咄をしかけさせ、御城下のことをも遠国のことをも埓もなくやくたいもなきことを咄させ聞し召すやうに有度ことなり、問ふには落ちすして語るに落ると云ふことあり、無心なる所より事の情はよく知れて益有ること多きものなり、埒もなく益もなきやうなることに益多きもの也、古は聖君賢王には皆朋友ありて、徳ある人をば君臣のあいしらいには仕たまはぬことなり、是を布衣の交と云て、貴賤の礼に抱はらぬこと古の道なり、儒者などに治道のこと御尋ねあるも、仲間にて道理のつめ合をさせて、脇にて聞し召すに益多きものなり、惣して上へ対して物を申すは人々さしひかへなくして叫はされとも、仲間と道理のつめ合に成ては覚えす遠慮を忘れて云こと有るもの也、
現代語訳
願わくは「養老宴」などと名を付けて、六、七十以上の人を、御旗本の隠居・儒者・医者・出家・町人・百姓の中からも選んで、二の丸などへ一月に一、二度も召し、御料理でも下され、餅・酒・菓子などをも下され、物事に心得た者を一、二人亭主役にして話しかけさせ、御城下のことも遠国のことも、とりとめもない、役にも立たないようなことを話させてお聞きになるようにありたいものである。「問ふには落ちずして語るに落つる」ということがある。無心なところから物事の実情はよく知れて、益のあることが多いものである。とりとめもなく益もないようなことに益が多いものである。古の聖君・賢王には皆朋友があって、徳ある人を君臣の扱いにはなさらなかった。これを「布衣の交わり」といって、貴賤の礼にこだわらないのが古の道である。儒者などに治道のことをお尋ねになるのも、仲間内で道理の詰め合いをさせて、脇でお聞きになるのが益が多いものである。総じて上に対してものを申すときは、人々は思い切っては言わないものだが、仲間と道理の詰め合いになると、思わず遠慮を忘れて言うことがあるものである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之五・言語一人のいふ言をば聞入れずして、ただ我が道理のみを云ひたてんとするは、甚無礼なり。人にも道理をいはせて聞きて後、わが思ふ処をのぶべし。一古語に、流丸は甌臾にとどまり、流言は知者にとどまるといへり。甌臾とは、くぼき所なり。丸き玉をなぐれば、転じて止まず。されどもくぼき所にとどまる。流言は根なしごととよむ。実もなきあだなる雑説なり。愚者は、是を誠ぞと心得て、信じてかたり伝ふれば、世にあまねく流布して止まず。知者は不実なる事を信ぜずして、耳に聞けども口にいはず、其耳にとどまりて言ひちらさず。是流言は知者にとどまるなり。
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文子・上仁老子曰く、惔漠に非ざれば以て徳を明らかにする無く、寧静に非ざれば以て遠きを致す無く、寛大に非ざれば以て并せ覆う無く、正平に非ざれば以て制断する無し。天下の目を以て視、天下の耳を以て聴き、天下の心を以て慮り、天下の力を以て争う。故に号令は能く下に究まり、臣の情は上に聞くを得、百官条通し、群臣輻湊す。喜びは賞賜を以てせず、怒りは罪誅を以てせず。法令は察にして苛ならず、耳目は通じて闇からず。善否の情、日に前に陳べられて逆らわず。故に賢者は其の智を尽くし、不肖者は其の力を竭くし、近き者は其の性に安んじ、遠き者は其の徳を懐く。人を用うるの道を得たり。夫れ輿馬に乗る者は、労せずして千里を致し、舟楫に乗る者は、游がずして江海を済る。言を之れ是とせしめば、商夫芻蕘と雖も猶お棄つ可からず。言を之れ非とせしめば、人君卿相に在りと雖も用う可からず。是非の処は、貴賤尊卑を以て論ず可からず。其の計用う可くんば、其の位を羞じず、其の言行う可くんば、其の辯を貴ばず。闇主は則ち然らず。群臣の誠を尽くし忠を効す者は、其の身を用いざること希ならず。而も邪枉を親習し、賢者は見ゆる能わず。疎遠卑賤にして、力を竭くし忠を尽くす者は聞こゆる能わず。言有る者は之を窮するに辞を以てし、諫むる者有れば之を誅するに罪を以てす。此くの如くにして海内を安んじ万方を存せんと欲するは、其の聡明を離るること亦た以て遠し。
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『墨子』尚同下是の故に古の聖王の天下を治むるや、千里の外に賢人有り、其の鄉里の人、皆な未だ之を均しく聞き見ざるに、聖王、得て之を賞す。千里の外に暴人有り、其の鄉里、未だ之を均しく見ざるに、聖王、得て之を罰す。故に唯だ聖王を以て耳聡く目明らかなりと為す毋からんや。豈に能く一たび視て千里の外を通見せんや、一たび聴きて千里の外を通聞せんや。聖王は往きて視るにあらざるなり、就きて聴くにあらざるなり。然れども天下の冦亂盜賊を為す者をして、天下を周流するも足を重ぬる所無からしむるは、何ぞや。其の尚同を以て政を為すこと善ければなり。
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『墨子』號令守樓は質宫に臨みて善く周し、必ず宻に樓を塗り、下をして上を見る無く、上は下を見、下は上に人有ると人無きとを知る無からしむ。守の親しく舉ぐる所の吏の貞亷忠信にして害無く事に任ず可き者は、其の飲食酒肉、禁ずる勿かれ。錢金・布帛・財物は各おの自ら之を守り、慎んで相い盜む勿かれ。葆宫の牆は必ず三重、牆の垣、守る者、皆な瓦釜を牆上に累ぬ。門に吏有り、門里を主る者、筦閉には必ず太守の節を須つ。葆衛には必ず戍卒の重厚なる者を取り、吏の忠信なる者、害無く事に任ず可き者を擇ぶを請う。将衛をして自ら十尺の垣を築き、周く牆を還らしむ。門・閨なる者は、令衛の司馬門に非ず。氣を望む者の舍は必ず太守に近くし、巫の舍は必ず公社に近くし、必ず之を敬神す。巫・祝・史と氣を望む者とは、必ず善言を以て民に告げ、請を以て守上に報じ、守、獨り其の請を知るのみ。氣を望むに與らずして妄りに不善の言を為して民を驚恐せしむれば、斷じて赦す勿かれ。
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『墨子』迎敵祠凡そ氣を望むに、大将の氣有り、小将の氣有り、往く氣有り、來たる氣有り、敗るる氣有り。能く此を得眀らかにする者は、成敗・吉凶を知る可し。巫・醫・卜を舉げて所有らしめ、長く藥を具え、之を宫にし、善く舍を為る。巫は必ず公社に近くし、必ず之を敬神す。巫卜、以て守に請い、守、獨り巫卜の望むの氣の請を智るのみ。
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孫子・九地篇能く士卒の耳目を愚にして、之をして知ること無からしむ。其の事を易え、其の謀を革めて、人をして識ること無からしむ。其の居を易え、其の途を迂にして、人をして慮ることを得ざらしむ。
人生を、一行の式にしてみた。
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