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大和俗訓 / 巻之五・言語

一人のいふ言をば聞入れずして、たゞ我が道理のみを云ひたてんとするは、甚無禮なり。人にも道理をいはせて聞きて後、わが思ふ處をのぶべし。一古語に、流丸は甌臾にとゞまり、流言は知者にとゞまるといへり。甌臾とは、くぼき所なり。丸き玉をなぐれば、轉じて止まず。されどもくぼき所にとゞまる。流言は根なしごととよむ。實もなきあだなる雜說なり。愚者は、是を誠ぞと心得て、信じてかたり傳ふれば、世にあまねく流布して止まず。知者は不實なる事を信ぜずして、耳に聞けども口にいはず、其耳にとゞまりて言ひちらさず。是流言は知者にとゞまるなり。

新字:一人のいふ言をば聞入れずして、たゞ我が道理のみを云ひたてんとするは、甚無礼なり。人にも道理をいはせて聞きて後、わが思ふ処をのぶべし。一古語に、流丸は甌臾にとゞまり、流言は知者にとゞまるといへり。甌臾とは、くぼき所なり。丸き玉をなぐれば、転じて止まず。されどもくぼき所にとゞまる。流言は根なしごととよむ。実もなきあだなる雑説なり。愚者は、是を誠ぞと心得て、信じてかたり伝ふれば、世にあまねく流布して止まず。知者は不実なる事を信ぜずして、耳に聞けども口にいはず、其耳にとゞまりて言ひちらさず。是流言は知者にとゞまるなり。

書き下し

一人のいふ言をば聞入れずして、ただ我が道理のみを云ひたてんとするは、甚無礼なり。人にも道理をいはせて聞きて後、わが思ふ処をのぶべし。一古語に、流丸は甌臾にとどまり、流言は知者にとどまるといへり。甌臾とは、くぼき所なり。丸き玉をなぐれば、転じて止まず。されどもくぼき所にとどまる。流言は根なしごととよむ。実もなきあだなる雑説なり。愚者は、是を誠ぞと心得て、信じてかたり伝ふれば、世にあまねく流布して止まず。知者は不実なる事を信ぜずして、耳に聞けども口にいはず、其耳にとどまりて言ひちらさず。是流言は知者にとどまるなり。

現代語訳

人の言う言葉を聞き入れずに、ただ自分の道理だけを言い立てようとするのは、はなはだ無礼です。人にも道理を言わせて聞いてから、自分の思うところを述べなさい。古語に「流れる丸はくぼみにとどまり、流言は知者にとどまる」とあります。甌臾とは、くぼんだところです。丸い玉を投げれば、転がって止まりません。けれどもくぼんだところにとどまります。流言は根なしごとと読みます。実もないあだな雑説です。愚か者はこれを本当だと心得て、信じて語り伝えるので、世に広く流布してやみません。知者は不確かなことを信じないで、耳に聞いても口に言わず、その耳にとどまって言い散らしません。これが「流言は知者にとどまる」ということです。

解説

前半は、自分の意見ばかり主張せず、まず相手の話を聞けという対話の基本です。後半は、頭注によれば『荀子』大略篇の言葉を引き、根拠のないうわさは愚か者の間を転がり続けるが、知者のところで止まると説きます。知者は耳にしても口にしないからです。デマが拡散する仕組みは、今のSNSでも同じです。真偽の分からない情報を自分のところで止める人が多いほど、社会は健全になります。一人ひとりが「くぼみ」になる意識を持ちたいものです。

この章句が説くこと

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