政談 / 出家の公事に三衣を着さすまじき事
出家の公事に出るには三衣を着せざること律の古法なり、公事は元來佛の制戒なる上、奉行所に出て、俗人の捌きを受け、法の通り取行はする仔細なる故三衣を着せぬことなり、出家を流罪にも死罪にも徒罪にも申し付たるときは、度牒を取り上げて還俗させて後申し付ること也、出家に徒罪死罪を申し付たる法なき故還さすることにて、還俗のしるしに度牒を取上ることなり、當時脫衣追放と云ふことあれとも脇へ行て心儘に衣を着す、出家は住所を定めぬものなる故、追放にもこまらぬもの也、寺法に背く時は一流を擯出し、國主の法に背くときは其の國中を追出すことはあることなり、六十餘州は公儀の御持ちなるに、追放と云ふこと元來聞えぬことなり、度牒を奪ふて還俗させ、本在所へ返して民とすべきなり、夫より輕きは律の古法に百日苦使と云ふことあり、甞てこの一事を西上の例考るに、唐津にも百日の間苦め使ふことあり、是は仕方あるべし、夫より輕きは寺を退院させ、或は綸旨公帖を奪ふて平僧とする仕方あるべし、出家の淫行を張り付けにすること餘り過ぐる刑也、還俗させて徒罪たるべし、
新字:出家の公事に出るには三衣を着せざること律の古法なり、公事は元来仏の制戒なる上、奉行所に出て、俗人の捌きを受け、法の通り取行はする仔細なる故三衣を着せぬことなり、出家を流罪にも死罪にも徒罪にも申し付たるときは、度牒を取り上げて還俗させて後申し付ること也、出家に徒罪死罪を申し付たる法なき故還さすることにて、還俗のしるしに度牒を取上ることなり、当時脱衣追放と云ふことあれとも脇へ行て心儘に衣を着す、出家は住所を定めぬものなる故、追放にもこまらぬもの也、寺法に背く時は一流を擯出し、国主の法に背くときは其の国中を追出すことはあることなり、六十余州は公儀の御持ちなるに、追放と云ふこと元来聞えぬことなり、度牒を奪ふて還俗させ、本在所へ返して民とすべきなり、夫より軽きは律の古法に百日苦使と云ふことあり、甞てこの一事を西上の例考るに、唐津にも百日の間苦め使ふことあり、是は仕方あるべし、夫より軽きは寺を退院させ、或は綸旨公帖を奪ふて平僧とする仕方あるべし、出家の淫行を張り付けにすること余り過ぐる刑也、還俗させて徒罪たるべし、
書き下し
出家の公事に出るには三衣を着せざること律の古法なり、公事は元来仏の制戒なる上、奉行所に出て、俗人の捌きを受け、法の通り取行はする仔細なる故三衣を着せぬことなり、出家を流罪にも死罪にも徒罪にも申し付たるときは、度牒を取り上げて還俗させて後申し付ること也、出家に徒罪死罪を申し付たる法なき故還さすることにて、還俗のしるしに度牒を取上ることなり、当時脱衣追放と云ふことあれとも脇へ行て心儘に衣を着す、出家は住所を定めぬものなる故、追放にもこまらぬもの也、寺法に背く時は一流を擯出し、国主の法に背くときは其の国中を追出すことはあることなり、六十余州は公儀の御持ちなるに、追放と云ふこと元来聞えぬことなり、度牒を奪ふて還俗させ、本在所へ返して民とすべきなり、夫より軽きは律の古法に百日苦使と云ふことあり、甞てこの一事を西上の例考るに、唐津にも百日の間苦め使ふことあり、是は仕方あるべし、夫より軽きは寺を退院させ、或は綸旨公帖を奪ふて平僧とする仕方あるべし、出家の淫行を張り付けにすること余り過ぐる刑也、還俗させて徒罪たるべし、
現代語訳
出家が公事(訴訟)に出るときは三衣(僧の正装)を着せないのが律の古法である。公事はもともと仏の制戒(で戒められたこと)であるうえ、奉行所に出て俗人の裁きを受け、法のとおりに取り行わせるわけだから、三衣を着せないのである。出家を流罪・死罪・徒罪に申し付けるときは、度牒(出家の公許状)を取り上げ、還俗させてから申し付けるのである。出家に徒罪・死罪を申し付ける法がないので還俗させるのであって、還俗のしるしに度牒を取り上げるのである。今は脱衣追放ということがあるけれども、(追放された者は)よそへ行って思いのままに衣を着る。出家は住所を定めない者だから、追放されても困らないのである。寺法に背くときは一派から擯出(追放)し、国主の法に背くときはその国中から追い出すことはある。しかし六十余州は公儀の御持ちであるのに、(公儀が)追放するというのはもともと筋が通らない。度牒を奪って還俗させ、本来の在所へ返して民とすべきである。それより軽いものは、律の古法に「百日苦使」ということがある。かつてこの一事を西土(中国)の例で考えると、唐律(原文「唐津」)にも百日の間苦しめ使うことがある。これはやり方があるだろう。それより軽いものは、寺を退院させたり、綸旨・公帖を奪って平僧にしたりするやり方があるだろう。出家の淫行を磔にするのはあまりに過ぎた刑である。還俗させて徒罪とすべきである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』度牒の事度牒再興せずんは、出家の治めは成かたかるへし、古は三戒檀なれとも、今は諸宗各別に成たる故、一宗々々の本山に戒檀を立てゝ、夫より度牒を出すべきことなり、第一僧に紛れ者あるまじ、出家の数减少すべし、戒律の方より出家の奢り己み殊勝になるべし、但し戒律を律宗の如くせば諸宗に通用し難し、律宗の規則は仏制なれども、時代の風俗殊の外に替り国も別なるを、只斯くばかり守りたるもの故却て偽り多し、唯々当時の風俗に合せて大乗戒を用ひ、奢りを静め僧の悪風を止ることを旨とすへし、是は学徳ある僧へ御相談ありて取り立てさせ、其の僧を早くこへて本寺へ住持させ、国師禅師僧正にもなして導かせたらは速かに直るべきことなり、惚して僧の治めは俗人よりは成がたし、類の違たる者故公儀の仰せ付にても俗人の下知は聴ぬ者なり、祐天などのやうなる僧は人の帰伏したる僧なれども無学なる故、僧衆のかたにては帰伏せす、学徳ありて宗門の弊風を正し度と志したる僧を用ゆべきことなり、当時は諸宗一同に袈裟衣衣服の体奢甚しく、これに依りて物入り多きゆゑ、自然と金銀を集むる利を巧みて罪法甚なし、且又年忌と云こと仏経にこれなきことなり、引導し戒名を付たると云ふこと、死人を寺に葬むること、仏法にこれなきこと斯の如し、就中僧は仏の違ひたる者なれば斯の如くならねは叶はざること也、
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『政談』出家の公事の事出家程公事を好むものはなし、第一死罪になる気遣ひなし、妻子の足手まとひなし、元来住所を定めぬものなれは追放悲ます、法問論議を仕なれて理強く我慢なる者なり、偖出家の公事を能く捌きても国家の治めの益にならず、悪しく捌きても害にもならず、詮もなきこと多し、本此の公事曹洞宗に多きことなり、勧請開山と云ふことあるより起ると也、勧請開山と云ふこと元来公事を巧みて仕たしたることなれは偽なり、宗派の祖師の御影を其の寺に据ゑ置くことはあるべし、住持もせぬ人を第一世にすることなるまじきことの第一停止あるべきことなり、臨済派は宗派を堅くまもる門宗派の寺より外へなをることならす、何れの派よりも本寺へ輪番する故寺の高下に搆はす僧臘次第なり、故に公事少し、曹洞宗は伽藍相続と云ふことをして宗派乱れたる故、寺々格を守り、僧臘に搆はす本寺へもなをるなるによりて、寺法の害になる也、惣して寺を争ひ、金銀を争ふことは仏法に背くことなれは、公事には勝ちたりとも綸旨口帖を奪ふて平僧とすべきことなり、其の出家は徒刑たるへし、然らば自から出家の公事少くなるべし、
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『政談』刑罰の事偖改易追放のこと古代には之なきこと也、戸籍の法立ては改易追放はならぬことなり、古の中流近流の上に、御暇被下て所々御搆有と御搆なくて、御扶持方被召放と、是にて改易追放と云ことなくとも罪の階級は有へき也、追放は元来戦国割拠の時の法にて、其時分は流罪と云ことならぬ故其代に立たること也、当時太平の代に此法有故、遠国の追放人欠落人抔御城下に集る故、御城下は自から悪人の津となる也、戸籍の法立時は何れの国にても親類知人の添状なけれは、其所に搆はず置くこと故、改易追放は差支ゆることなり、古の流罪には追立の官人と云ことのあるを見れは、今の追放は矢張り流罪の仕形を戦国のとき仕替たるものと見えたり、且又百姓なとは田宅を没入して矢張り其所に置きて水呑百姓にせは追放には及ましきこと也、田地も持ぬ百姓軽き町人は何方へ行きても同しやうなる物なれは追放は何の詮もなきことなり、追放と云ふこと有るより世界に悪人は絶えぬことなれは、徒罪を建立して追放はやめたきこと也、
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『政談』浪人並に道心者締り等の事元来仏法にも僧の民間に居住すること仏の戒めなり、代々の律にも制禁なり、邪宗邪法のたぐひも民間に混じ居てはしはじしかたきなり、陰陽師ことふれ宮すゝめのたぐひは小刀一本なるべし、山伏は無刀なるべし、何れも大小を指し武家に混ずること謂れなし、中頃山法師奈良法師根来法師の類ひ太刀をはき甲冑を帯したれども、今は皆真の僧となれり、山伏も其の時の風俗の残りたるなり、山入りのとき柴打利剣を指たと云ふこと古法なりと云ふ、愈々然らば山入のとき計り古法に従ふへし、平生御城下又は田舎をありくは勧進のためなり、勧進と云ことは出家の法にて乞食なり、これ忍辱の行なるに大小を指すことあるまじきことなり、田舎など女子ばかりの居たる所にては大小を抜き落して無体に勧進するたくひ多し、夜討強盗をするも多きなり、ことふれにも人をおとして無理に勧進を入れさするともから多し、
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『甲陽軍鑑』品第四十八さりながら、いやしくも仏体をまぬる出家に證拠もなき事にそこつになはをかくる事、私しにては勿体なし、扨また彼百姓狼籍なりとて頸を切りなば、相手出家成ゆへ其慈悲かくる間此百姓百日籠舎成、彼野人の女房は此男にそわんも離別も女人次第夫は申に及ばず又此出家いかにも片方に住、無学の僧にても得経に背くは曲事たり、され共右百姓の申儀證拠なければ是罪科にも成がたし、経文相違の事計也、経文相違の出家を其儘をかばいかゞなり、経に背かざる様に心ざし、他国へまいり出家を立べし、我分国をはらへとて、青沼介兵衛·市川宮内ノ助、両人に被仰付その遠国をたゞし、
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『政談』刑罰の事徒罪は三代の古も異国の後代も日本の古も之有ることにて、此法なきときは死罪流罪の次に階級なく取捌に足らぬ所ありと知へし、米を搗せ、籾をこなさせ、縄をなわせ、草履を作らせ、薪を割らせ、荷物を運はせ、車を引かせ、其外普請どうつき抔其外のことにも召仕ふこと也、年数の定に階級ある故、罪の階級幾段にもつくこと也、戸籍の法度牒の法立つ時は迯行へき先なく紛もなし、中古より戸籍の法度牒の法破て此法も破たりと見えたり、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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