政談 / 浪人並に道心者締り等の事
元來佛法にも僧の民間に居住すること佛の戒めなり、代々の律にも制禁なり、邪宗邪法のたぐひも民間に混じ居てはしはじしかたきなり、陰陽師ことふれ宮すゝめのたぐひは小刀一本なるべし、山伏は無刀なるべし、何れも大小を指し武家に混ずること謂れなし、中頃山法師奈良法師根來法師の類ひ太刀をはき甲冑を帶したれども、今は皆眞の僧となれり、山伏も其の時の風俗の殘りたるなり、山入りのとき柴打利劔を指たと云ふこと古法なりと云ふ、愈々然らば山入のとき計り古法に從ふへし、平生御城下又は田舍をありくは勸進のためなり、勸進と云ことは出家の法にて乞食なり、これ忍辱の行なるに大小を指すことあるまじきことなり、田舎など女子ばかりの居たる所にては大小を抜き落して無躰に勸進するたくひ多し、夜討强盜をするも多きなり、ことふれにも人をおとして無理に勸進を入れさするともから多し、
新字:元来仏法にも僧の民間に居住すること仏の戒めなり、代々の律にも制禁なり、邪宗邪法のたぐひも民間に混じ居てはしはじしかたきなり、陰陽師ことふれ宮すゝめのたぐひは小刀一本なるべし、山伏は無刀なるべし、何れも大小を指し武家に混ずること謂れなし、中頃山法師奈良法師根来法師の類ひ太刀をはき甲冑を帯したれども、今は皆真の僧となれり、山伏も其の時の風俗の残りたるなり、山入りのとき柴打利剣を指たと云ふこと古法なりと云ふ、愈々然らば山入のとき計り古法に従ふへし、平生御城下又は田舎をありくは勧進のためなり、勧進と云ことは出家の法にて乞食なり、これ忍辱の行なるに大小を指すことあるまじきことなり、田舎など女子ばかりの居たる所にては大小を抜き落して無体に勧進するたくひ多し、夜討強盗をするも多きなり、ことふれにも人をおとして無理に勧進を入れさするともから多し、
書き下し
元来仏法にも僧の民間に居住すること仏の戒めなり、代々の律にも制禁なり、邪宗邪法のたぐひも民間に混じ居てはしはじしかたきなり、陰陽師ことふれ宮すゝめのたぐひは小刀一本なるべし、山伏は無刀なるべし、何れも大小を指し武家に混ずること謂れなし、中頃山法師奈良法師根来法師の類ひ太刀をはき甲冑を帯したれども、今は皆真の僧となれり、山伏も其の時の風俗の残りたるなり、山入りのとき柴打利剣を指たと云ふこと古法なりと云ふ、愈々然らば山入のとき計り古法に従ふへし、平生御城下又は田舎をありくは勧進のためなり、勧進と云ことは出家の法にて乞食なり、これ忍辱の行なるに大小を指すことあるまじきことなり、田舎など女子ばかりの居たる所にては大小を抜き落して無体に勧進するたくひ多し、夜討強盗をするも多きなり、ことふれにも人をおとして無理に勧進を入れさするともから多し、
現代語訳
もともと仏法でも、僧が民家の間に住むことは仏の戒めるところであり、歴代の律(法令)でも禁じられている。邪宗・邪法の類いも、民間に混じって住まわせては取り締まりにくい。陰陽師、ことふれ(神託を触れ歩く者)、宮すすめ(社の勧進をする者)の類いは小刀一本にすべきであり、山伏は刀を持たせるべきではない。いずれも大小の刀を差して武家に混じる理由はない。中世の頃、山法師・奈良法師・根来法師などは太刀をはき甲冑を着けたが、今はみな本当の僧になった。山伏もその時代の風俗の名残である。山に入る修行のとき、柴打(しばうち)という利剣を差すのが古法だという。それならば、山に入るときだけ古法に従えばよい。普段、城下や田舎を歩き回るのは勧進(寄付集め)のためである。勧進というのは出家の法でいえば乞食であり、これは忍辱(はずかしめを耐え忍ぶ)の修行であるのに、大小を差すなどあってはならない。田舎の女ばかりいる家では、大小を抜いて脅し、無理やり勧進させる類いが多い。夜討ちや強盗をする者も多い。ことふれでも人を脅して無理に寄付を出させる連中が多い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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