甲陽軍鑑 / 品第四十八
さりながら、いやしくも佛体をまぬる出家に證據もなき事にそこつになはをかくる事、私しにては勿体なし、扨また彼百姓狼籍なりとて頸を切りなば、相手出家成ゆへ其慈悲かくる間此百姓百日籠舍成、彼野人の女房は此男にそわんも離別も女人次第夫は申に及ばず又此出家いかにも片方に住、無學の僧にても得經に背くは曲事たり、され共右百姓の申儀證據なければ是罪科にも成がたし、經文相違の事計也、經文相違の出家を其儘をかばいかゞなり、經に背かざる樣に心ざし、他國へまいり出家を立べし、我分國をはらへとて、靑沼介兵衞·市川宮内ノ助、兩人に被仰付その遠國をたゞし、
新字:さりながら、いやしくも仏体をまぬる出家に證拠もなき事にそこつになはをかくる事、私しにては勿体なし、扨また彼百姓狼籍なりとて頸を切りなば、相手出家成ゆへ其慈悲かくる間此百姓百日籠舎成、彼野人の女房は此男にそわんも離別も女人次第夫は申に及ばず又此出家いかにも片方に住、無学の僧にても得経に背くは曲事たり、され共右百姓の申儀證拠なければ是罪科にも成がたし、経文相違の事計也、経文相違の出家を其儘をかばいかゞなり、経に背かざる様に心ざし、他国へまいり出家を立べし、我分国をはらへとて、青沼介兵衛·市川宮内ノ助、両人に被仰付その遠国をたゞし、
書き下し
さりながら、いやしくも仏体をまぬる出家に證拠もなき事にそこつになはをかくる事、私しにては勿体なし、扨また彼百姓狼籍なりとて頸を切りなば、相手出家成ゆへ其慈悲かくる間此百姓百日籠舎成、彼野人の女房は此男にそわんも離別も女人次第夫は申に及ばず又此出家いかにも片方に住、無学の僧にても得経に背くは曲事たり、され共右百姓の申儀證拠なければ是罪科にも成がたし、経文相違の事計也、経文相違の出家を其儘をかばいかゞなり、経に背かざる様に心ざし、他国へまいり出家を立べし、我分国をはらへとて、青沼介兵衛·市川宮内ノ助、両人に被仰付その遠国をたゞし、
現代語訳
さりながら、いやしくも仏体をまなぶ出家に、証拠もなき事に粗忽に縄をかける事は、私にては勿体なし。さてまた、かの百姓が狼藉なりとて首を切りなば、相手が出家なるゆえにその慈悲が欠くるあいだ、この百姓は百日籠舎なり。かの百姓の女房は、この男に添わんも離別も女人次第。夫は申すに及ばず。またこの出家は、いかにも片方に住み、無学の僧にても得経に背くは曲事たり。されども、右の百姓の申す儀は証拠なければ、これ罪科にもなりがたし。経文相違の事ばかりなり。経文相違の出家をそのまま置かばいかがなり。経に背かざるように心ざし、他国へ参り出家を立つべし。我が分国を払えとて、青沼介兵衛・市川宮内ノ助の両人に仰せ付けられ、その遠国を糺し。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十八此僧あわてゝ衣のひほを結ぶ男大きにいかり惣別にくしと存るに、如此のもやう共更に聞へぬ事なりと様々口説を申かけ、おさへて坊主を縛りひとつの宗旨の僧達、近郷よりあまたきて重ねての為なりとて、目安書て所のしゆごへあぐれば、乍仮初出家の儀は、私しさばきならずして代官衆の人をそへ甲府の四奉行へあぐる、奉行聞給ひ出家の非におとさんとすれば、何にても證拠なし百姓無理と申さんには様子あやうし、是程少分成義に鉄火或はみたけの鐘と申にもあらず、色々ひはんせらるれ共、奉行四人の分別に不叶して無拠上へ披露いたさるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十八縦へ公事の理非は如何もあれ、十方旦那を頼む坊主に、かさつを申かくるは、勿体なし何れの道にもぶせんさくなる儀は武士の大に嫌ふ儀也、此公事此出家の理也とて、尊体寺法順思ふさま〳〵公事に勝謂れは、彼町人出家を侮り理もなき公事を仕候間、科銭の上に三十日籠舎と仰付らるゝ其後彼法順に信玄公意見を云んとて、御諚なさるゝは心强きことは尤もなれども、重てケ様の公事は必ず無用たるべし、古人も云ひ置能学下恵不師其跡と聞、是は以来の為なりと有て物をば出家の申次第、蔵より出し女人は奉行へ渡すべしとさばき給ふは、諸人の批判に違て各別なる故書記す、
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『甲陽軍鑑』品第四十八信玄聞召即時に被仰出縄かゝりたる出家、よの宗旨ならば種々せんさくも有べきが日蓮宗においては先誤りなり、仔細は法花経にも五の巻に、入里乞食将一比丘若無比丘一心念仏と、是をくんに読時はさとに入乞食せんとならば、まさに一人のびくをつれよ、もしびくなくは、ひとつ心に仏をねんぜよと有時は何として僧を一人やとひてゆかぬぞ、げに又やとはるゝ坊主に事をかくならば其身一人行共、数珠を取ていかにも殊勝成体にてこそ法花宗共申べき、衣をぬぎ人の不審立様に、猥りに仕り出家のいぎをみだす事、法花経の宗旨には法に背きたる道理なり、
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『甲陽軍鑑』品第四十八公事になりて跡先の算用をきはむれば、出家金子の方に一度取たると申て女をかへさず、弾左衛門いきたる内、女とられて後も、少しつゝは年々に返弁いたすは此女を取かへさんといふ事、證人いくたりもありといへども、以上に法順女をもどさねば科におとして、彼僧を糺明より外は別になし、さありて仏体をまなぶ出家を、楚忽に糺明いたす事、何と無智の僧にても下々にてならざるやうに、信玄公常々の御仕置なれば、奉行則屋形へ申上らるゝ故、
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『甲陽軍鑑』品第四十八弾左衛門か隣りの町人共寄合て、彼法順何と申有共女をとゞめん儀、やすきといへども彼僧大きなる徒法師にて、たゞはとめらるまじ、とめねば打擲いたさずしてはかなふまじ、さありて出家をたゝき候はゞ何と理をもちても大慈悲心の御屋形信玄公の国法に、坊主に杖をあつること、大かたのせんさくにてもましますまじと、少分なる商人共さへ遠慮して下女を法順にとられける、