政談 / 刑罰の事
但し三代の古も又府朝の法にも日本の昔も官人には徒罪なし、唐律に官人の罪に徒罪に當るは官當と云こと有て官を一階つゝ奪て是を徒罪の代にする也、其仕形初に居所官を奪ふとて當官を取上る也、任官叙位の時綸旨位記一度〳〵に有こと成故、之を一階つゝ取り上るによりて一官奪れても跡に前の官遺りてあり、譬へは少將より中將を輕て三位宰相に昇りたる人、挍罪を犯すときは三位宰相を解官する故、前の宰相となのることならす前中將となのる、又中將の綸旨を取り上けらるれは前中將となのることならす前少將となのる、又四位の人位記の取り上けらることは四位の位田减少して五位の位田をとるたぐひ、是れ官當の法なり、盡く官位ともに奪ひ盡したるとき庶人に成ことなり、當時武家には役換にかきものなけれは、此法用ひかたし、逼塞閉門役を取り上け、座席を下け、知行を减し、御扶持召放され、其上にも大小を取らるゝと取られぬとにて、矢張り浪人を立ると立ることのならぬ差別あり、又御搆ひの塲所の多少と、御搆ひなきとの差別にて階級幾段も出來て、此等にて大方徒罪の代りになるへし、
新字:但し三代の古も又府朝の法にも日本の昔も官人には徒罪なし、唐律に官人の罪に徒罪に当るは官当と云こと有て官を一階つゝ奪て是を徒罪の代にする也、其仕形初に居所官を奪ふとて当官を取上る也、任官叙位の時綸旨位記一度〳〵に有こと成故、之を一階つゝ取り上るによりて一官奪れても跡に前の官遺りてあり、譬へは少将より中将を軽て三位宰相に昇りたる人、挍罪を犯すときは三位宰相を解官する故、前の宰相となのることならす前中将となのる、又中将の綸旨を取り上けらるれは前中将となのることならす前少将となのる、又四位の人位記の取り上けらることは四位の位田减少して五位の位田をとるたぐひ、是れ官当の法なり、尽く官位ともに奪ひ尽したるとき庶人に成ことなり、当時武家には役換にかきものなけれは、此法用ひかたし、逼塞閉門役を取り上け、座席を下け、知行を减し、御扶持召放され、其上にも大小を取らるゝと取られぬとにて、矢張り浪人を立ると立ることのならぬ差別あり、又御搆ひの塲所の多少と、御搆ひなきとの差別にて階級幾段も出来て、此等にて大方徒罪の代りになるへし、
書き下し
但し三代の古も又府朝の法にも日本の昔も官人には徒罪なし、唐律に官人の罪に徒罪に当るは官当と云こと有て官を一階つゝ奪て是を徒罪の代にする也、其仕形初に居所官を奪ふとて当官を取上る也、任官叙位の時綸旨位記一度〳〵に有こと成故、之を一階つゝ取り上るによりて一官奪れても跡に前の官遺りてあり、譬へは少将より中将を軽て三位宰相に昇りたる人、挍罪を犯すときは三位宰相を解官する故、前の宰相となのることならす前中将となのる、又中将の綸旨を取り上けらるれは前中将となのることならす前少将となのる、又四位の人位記の取り上けらることは四位の位田减少して五位の位田をとるたぐひ、是れ官当の法なり、尽く官位ともに奪ひ尽したるとき庶人に成ことなり、当時武家には役換にかきものなけれは、此法用ひかたし、逼塞閉門役を取り上け、座席を下け、知行を减し、御扶持召放され、其上にも大小を取らるゝと取られぬとにて、矢張り浪人を立ると立ることのならぬ差別あり、又御搆ひの塲所の多少と、御搆ひなきとの差別にて階級幾段も出来て、此等にて大方徒罪の代りになるへし、
現代語訳
ただし三代の古にも、また唐朝(原文「府朝」)の法にも、日本の昔にも、官人には徒罪はない。唐律では、官人の罪で徒罪にあたるものは「官当」ということがあって、官を一階ずつ奪ってこれを徒罪の代わりにする。そのやり方は、まず「居所の官を奪う」といって現在の官を取り上げる。任官・叙位のときは綸旨・位記がそのつど出るので、これを一階ずつ取り上げると、一官奪われても後に前の官が残っている。たとえば少将から中将を経て三位宰相に昇った人が罪を犯したときは、三位宰相を解官するので、前宰相と名乗ることはできず前中将と名乗る。また中将の綸旨を取り上げられれば、前中将と名乗ることはできず前少将と名乗る。また四位の人が位記を取り上げられることは、四位の位田を減らして五位の位田を取らせるたぐいで、これが官当の法である。官位をすべて奪い尽くしたとき庶人になるのである。今の武家には役替えに書き物(辞令)がないので、この法は用いにくい。しかし逼塞・閉門、役の取り上げ、座席を下げること、知行を減らすこと、扶持の召し放ち、そのうえ大小(刀)を取られるか取られないかで、やはり浪人として身を立てられるか立てられないかの差別がある。また立ち入り禁止の場所の多少や、禁止がないかの差別によって段階が幾段もでき、これらで大方徒罪の代わりになるだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・形篇善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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