政談 / 刑罰の事
當時に至ては死刑に張付鋸引梟首斬罪切腹有り、其次は流刑なり、流刑に古は遠流中流近流の三等あり、當時は八丈島を遠流と云、右は其罪人の故鄕より遠近を分け遠流中流近流と云たることにて、或は備後出雲土佐伊勢尾張上總伊豆常陸上野陸奧出羽等へ流されたること有り、大島八丈島は江戶よりは遠流にては有間敷也、大島より船にてあさりなと賣に來ると云、商人入込て島と云樣なることにてはなきこと也、八丈島も殊の外近けれとも、近きと云ことは島代官の秘すること也と云、特に安樂なる所なる由なれは遠流と云ことには當るまじきなり、當時近流中流と云ことのなきも、戶籍の法立たす、人の心儘に日本國中を何方へも先より先へありき居住することなる世界なる故、近流中流といふことは自から絕失たる也、
新字:当時に至ては死刑に張付鋸引梟首斬罪切腹有り、其次は流刑なり、流刑に古は遠流中流近流の三等あり、当時は八丈島を遠流と云、右は其罪人の故郷より遠近を分け遠流中流近流と云たることにて、或は備後出雲土佐伊勢尾張上総伊豆常陸上野陸奥出羽等へ流されたること有り、大島八丈島は江戸よりは遠流にては有間敷也、大島より船にてあさりなと売に来ると云、商人入込て島と云様なることにてはなきこと也、八丈島も殊の外近けれとも、近きと云ことは島代官の秘すること也と云、特に安楽なる所なる由なれは遠流と云ことには当るまじきなり、当時近流中流と云ことのなきも、戸籍の法立たす、人の心儘に日本国中を何方へも先より先へありき居住することなる世界なる故、近流中流といふことは自から絶失たる也、
書き下し
当時に至ては死刑に張付鋸引梟首斬罪切腹有り、其次は流刑なり、流刑に古は遠流中流近流の三等あり、当時は八丈島を遠流と云、右は其罪人の故郷より遠近を分け遠流中流近流と云たることにて、或は備後出雲土佐伊勢尾張上総伊豆常陸上野陸奥出羽等へ流されたること有り、大島八丈島は江戸よりは遠流にては有間敷也、大島より船にてあさりなと売に来ると云、商人入込て島と云様なることにてはなきこと也、八丈島も殊の外近けれとも、近きと云ことは島代官の秘すること也と云、特に安楽なる所なる由なれは遠流と云ことには当るまじきなり、当時近流中流と云ことのなきも、戸籍の法立たす、人の心儘に日本国中を何方へも先より先へありき居住することなる世界なる故、近流中流といふことは自から絶失たる也、
現代語訳
今に至っては、死刑に磔・鋸挽き・梟首(獄門)・斬罪・切腹がある。その次は流刑である。流刑には古は遠流・中流・近流の三等があった。今は八丈島を遠流と言う。右(の三等)はその罪人の故郷からの遠近で分けて遠流・中流・近流と言ったことで、あるいは備後・出雲・土佐・伊勢・尾張・上総・伊豆・常陸・上野・陸奥・出羽などへ流されたことがある。大島・八丈島は江戸からは遠流ではないだろう。大島から船でアサリなどを売りに来るという。商人が入り込んで、島というようなところではないのである。八丈島もことのほか近いが、近いということは島代官が秘していることだという。とりわけ安楽な所だというから、遠流ということには当たらないだろう。今、近流・中流ということがないのも、戸籍の法が立たず、人が心のままに日本国中のどこへでも、先から先へ歩き回って住むことのできる世の中だからで、近流・中流ということはおのずと絶え失せたのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』尚賢下若の國の士に問う、孰か喜び孰か懼れんと。我れ以て必ず忠信の士は喜び、忠ならず信ならざる士は懼れんと為す。今、唯だ尚賢を以て其の國家百姓に政を為す毋くんば、國の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。夫れ以て天下に政を為さば、天下の善を為す者をして勸ましめ、暴を為す者をして沮ましむ。然らば昔、吾が堯舜禹湯文武の道を貴ぶ所以の者は、何の故を以てなるか。其の唯だ衆に臨み政を發して民を治むるに毋くんば、天下の善を為す者をして得て勸む可からしめ、暴を為す者をして得て沮む可からしむるを以てなり。然らば則ち此の尚賢なる者は、堯舜禹湯文武の道と同じきなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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老子 第18章大道廃れて、仁義有り。智慧出でて、大偽有り。六親和せずして、孝慈有り。国家昏乱して、忠臣有り。
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孫子・始計篇法とは、曲制・官道・主用なり。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「知に人より賢れる有らば、則ち知と謂う可きか」と。子墨子曰く、「愚の知に以て人より賢れる有るも、愚、豈に知と謂う可けんや」と。公孟子曰く、「三年の喪は、吾が父母を慕うを學ぶなり」と。子墨子曰く、「夫れ嬰兒子の知は、獨り父母を慕うのみ。父母、得可からざれば、然れども號びて止まず。此れ其の故は何ぞや。即ち愚の至りなり。然らば則ち儒者の知、豈に以て嬰兒子より賢れること有らんや」と。子墨子曰く、「儒者に問う、『何の故に樂を為すや』と」。
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