政談 / 博奕打の捌きの事
當時科料を取らるゝこと甚た誤れり、金銀を自由にするものより科料を取るは博奕を許して運上を取るが如し、博奕打ちの知れ苦きは宿賃を能く出たす者なり、又あだをするものなり、是によりて町人は恐れて又喜ぶことなりと知るべし、淺草の御藏前又小田原河岸に「きをいぐみ」と號するものあり、黨を組みてあばるゝものなり、仲間をを立て仲間のひうをとれば意趣をかへす故、平人は甚た恐れて奉行所へも申し出です、夫等も律に云へる兇徒なり重く捌すべきこと也、
新字:当時科料を取らるゝこと甚た誤れり、金銀を自由にするものより科料を取るは博奕を許して運上を取るが如し、博奕打ちの知れ苦きは宿賃を能く出たす者なり、又あだをするものなり、是によりて町人は恐れて又喜ぶことなりと知るべし、浅草の御蔵前又小田原河岸に「きをいぐみ」と号するものあり、党を組みてあばるゝものなり、仲間をを立て仲間のひうをとれば意趣をかへす故、平人は甚た恐れて奉行所へも申し出です、夫等も律に云へる兇徒なり重く捌すべきこと也、
書き下し
当時科料を取らるゝこと甚た誤れり、金銀を自由にするものより科料を取るは博奕を許して運上を取るが如し、博奕打ちの知れ苦きは宿賃を能く出たす者なり、又あだをするものなり、是によりて町人は恐れて又喜ぶことなりと知るべし、浅草の御蔵前又小田原河岸に「きをいぐみ」と号するものあり、党を組みてあばるゝものなり、仲間をを立て仲間のひうをとれば意趣をかへす故、平人は甚た恐れて奉行所へも申し出です、夫等も律に云へる兇徒なり重く捌すべきこと也、
現代語訳
今、(博奕打ちから)科料を取られるのは大きな誤りである。金銀を自由にする者から科料を取るのは、博奕を許して運上(税)を取るようなものである。博奕打ちの捕らえにくいのは、宿賃をよく払う者だからである。また仇をするものである。これによって町人は恐れ、また喜ぶことだと知るべきである。浅草の御蔵前、また小田原河岸に「きおい組」と称する者がいる。党を組んで暴れる者である。仲間を立て、仲間の恨みを取れば意趣返しをするので、平人ははなはだ恐れて奉行所へも申し出ない。それらも律に言う兇徒である。重く裁くべきである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』博奕打の捌きの事博奕打の捌きに異国の律は引れがたし、当時は博奕打に通りものと云ふものあり、大形強盗と同しやうなるものなり、仲間ありて仕掛にて是非に人の金銀を取るやうにし、勝たるものをば殺すなり、当時棄物と云ふ物ありて、殺したる人の知れぬは多くは右の通りものゝすることなり、田舎に極めて多きことなり、公議より御詮儀あれば田舎へ迯て行き、詮議静まれは又帰る、其の仲間は遠国と通して一枚なるものにて、仮令知る人にてなくとも他国にても仲間にする、男立てを第一にするものなり、強盗の所作に変りなし、律に云ひたる兇徒と云ふものなり、死罪赦されがたし、其の通りものにだまされて博奕を打ちたるものは律の捌きにて相当なるへし、
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『政談』刑罰の事其内にも尚罪の疑はしき計りに用ゆれは、罪の決定したるは仮令金ありて金を出して詫ひたく思へ共叶はぬ故過料の方次になり、刑法の方重になる仔細にて上の御慈悲になる也、初より金を出さすると云ふこと殊のほかに下輩なる仕かたにて民の心に服し易きこと也、当時公儀にて此法取行はるれとも下心に尤と存せすと見えて諸大名にては之を執行はす、公儀の御作法を諸大名の真似たも宜しからさることなり、此以後諸大名にても公儀を真似て刑法を執行はゝ御国に至りては必ず不埒出来すへし、其仔細は当時諸大名困究甚しけれは必す非道の過料を取るへし、惣して金銀のことにては人の争ひも怨みも出来るものなり、年貢抔は昔より強くも取ることもあれども、先年伯嗜安芸肥後にては年貢のことにて百姓一揆程のことありしと承はる、質地の捌き御役人のかるはづみに申し出てたることの行れて山形にては事出来せり、右の過料は異国にも日本にも古例なきことなれば、遠国の人は必す心服すまじきことなり、当時世界の奢り甚しきより諸々の悪事生する故、上に倹約を御用ひ遊はさるれは、御役人どもは金を御好み成さるゝと了簡したるやらん、宜からさる事を申し立てゝ取行ふことあるなり、
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『政談』刑罰の事公家大名御旗本なとの遠流にさせらるゝことは其身の罪計のことにあらす、其親類に歴々もある故日本の外なる通路も稀なる所へ遣し置きて、耻辱なる目に逢する有様の聞えぬやうにして、其親類に無念と思はせぬ仕方也、軽者を当時流罪に被仰付こと事の情に合ぬやうなり、町人百姓はても分限なる輩は艱苦をなむること刑にもあたるへし、軽きぼていふり、水呑百姓の類は此方にても元より流人同前の境界なり、艱苦も常なり、大島八丈なとへ行ては江戸に在りし時よりも仕合よき類多しと承はる、常には只何とも〳〵名目計にて刑も実事にはあたらぬやうなり、
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『政談』遊女河原者の種姓の分事並に乞食の締りの事乞食の朽ちたる木を拾ひ、火事塲の焼釘を拾ふをも昔はかまふ人無りしを、近頃はせいとうすると云ふ、鰥寡孤独のたぐひの究民は箇様のをちこぼれをひろひてこそ渡世をはすへけん、火を付けたる故にせいとうするはずになることなれども、鰥寡孤独のたぐひの取りはからひなくて、一こと出来ればそのことをせいとうすれば後には彼等は立枯に成てやはつべき、
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『政談』刑罰の事偖閉門と云うことは古有督の長の靱をかくると云ふことより起る、官人の上にあることなり、当時町人百姓に閉門を申付けるは結構過きたる仕方なり、特に百姓は農作幷に人夫を出すこと公役也、閉門の間は家内の人此業ならぬこと也、あるまじきことなり、偖科料を出さすこと古の贖罪なり、但し古の贖法は五刑の法を立て置き、夫に贖の多少を、割付けて、きりの上にて罪の疑はしきことは、議の人と八九十の老人十才以下の小見と、官人の笞杖罪に贖を出たすことなり、且又大分限なる民の過悪あるとき、過怠として夥しく物の入る普請をさせて罪を贖せぬること明朝に之あり、先年此方にても京都の町人那波屋か奢りの過怠として、橋を架させたること此例なり、是等は苦しかるまじきことなり、当時は苔杖流徒死の沙汰もなく、兼てもりつけの定めもなく、只当分の見はからひにて軽き民より過怠として金を出たさすること、宜しからさることなり、是は只金を出させて困らせて刑にする仕形、先つ第一古へ謂れなきことなり、偖五刑の定めなけれは専ら金を取るへきために成るなり、五刑の定めあるときは金なき人は直に其刑を受け、金あるには金を出して詫言をするなれは刑法の名目立つなり、
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『政談』刑罰の事大赦にて罪人を赦すも上の御慈悲なる故、前訟の有無に搆はす罪の軽重を役人の役として吟味して赦すこと古流成に、当時は兎角寺へ頼みて訴訟をして貰ふこと成故、上の御慈悲とは思はず仏法の御蔭也と思ふ也、異国にても日本の古にても大赦は目出度時節に行るゝことなるに、御他界御年忌の節ならては之なきは下と上と悦を共にすることは失せ果て、上の悲を下は悦候やうになり行ことは立やう未熟なる故也、
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