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政談 / 博奕打の捌きの事

博奕打の捌きに異國の律は引れがたし、當時は博奕打に通りものと云ふものあり、大形强盜と同しやうなるものなり、仲間ありて仕掛にて是非に人の金銀を取るやうにし、勝たるものをば殺すなり、當時棄物と云ふ物ありて、殺したる人の知れぬは多くは右の通りものゝすることなり、田舍に極めて多きことなり、公議より御詮儀あれば田舍へ迯て行き、詮議靜まれは又歸る、其の仲間は遠國と通して一枚なるものにて、假令知る人にてなくとも他國にても仲間にする、男立てを第一にするものなり、强盜の所作に變りなし、律に云ひたる兇徒と云ふものなり、死罪赦されがたし、其の通りものにだまされて博奕を打ちたるものは律の捌きにて相當なるへし、

新字:博奕打の捌きに異国の律は引れがたし、当時は博奕打に通りものと云ふものあり、大形強盗と同しやうなるものなり、仲間ありて仕掛にて是非に人の金銀を取るやうにし、勝たるものをば殺すなり、当時棄物と云ふ物ありて、殺したる人の知れぬは多くは右の通りものゝすることなり、田舎に極めて多きことなり、公議より御詮儀あれば田舎へ迯て行き、詮議静まれは又帰る、其の仲間は遠国と通して一枚なるものにて、仮令知る人にてなくとも他国にても仲間にする、男立てを第一にするものなり、強盗の所作に変りなし、律に云ひたる兇徒と云ふものなり、死罪赦されがたし、其の通りものにだまされて博奕を打ちたるものは律の捌きにて相当なるへし、

書き下し

博奕打の捌きに異国の律は引れがたし、当時は博奕打に通りものと云ふものあり、大形強盗と同しやうなるものなり、仲間ありて仕掛にて是非に人の金銀を取るやうにし、勝たるものをば殺すなり、当時棄物と云ふ物ありて、殺したる人の知れぬは多くは右の通りものゝすることなり、田舎に極めて多きことなり、公議より御詮儀あれば田舎へ迯て行き、詮議静まれは又帰る、其の仲間は遠国と通して一枚なるものにて、仮令知る人にてなくとも他国にても仲間にする、男立てを第一にするものなり、強盗の所作に変りなし、律に云ひたる兇徒と云ふものなり、死罪赦されがたし、其の通りものにだまされて博奕を打ちたるものは律の捌きにて相当なるへし、

現代語訳

博奕打ちの裁きには、異国の律は引きにくい。今は博奕打ちに「通り者」というものがある。たいていは強盗と同じような者である。仲間があって、仕掛けで無理やり人の金銀を取るようにし、勝った者は殺すのである。今、捨て物(身元不明の死体)というものがあって、殺した人の知れないのは、多くは右の通り者のしわざである。田舎にきわめて多いことである。公儀から御詮議があれば田舎へ逃げて行き、詮議が静まればまた帰る。その仲間は遠国まで通じて一体のもので、たとえ知る人でなくとも他国でも仲間にし、男伊達を第一にする者である。強盗のしわざと変わりない。律に言う兇徒というものである。死罪は許しがたい。その通り者にだまされて博奕を打った者は、律の裁きで相当であろう。

解説

徂徠は、当時の博奕打ちの中に、仲間を組んで金を巻き上げ、勝った者を殺しさえする「通り者」がいたことを指摘し、これは単なる賭博ではなく強盗と同じ兇徒だとする。一方で、だまされて博奕を打った者は律どおりの処罰でよいと区別する。同じ「博奕」という名の下にある異質な行為を見分け、罪の重さに応じて扱いを分けよという主張である。組織的な犯罪と個人の過ちを同じ尺度で裁かないという原則は、現代の不正対応にも通じる。

この章句が説くこと

博奕兇徒刑罰律区別治安

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